メルコスール

金に向かう - エクアドルの鉱業

9月
03

ブラジルがその鉱業ロイヤリティを上げるとき、エクアドルはそれを下げる

エクアドル人は「比類のない金持ちの中で貧しく生きる。」アレクサンダー・フォン・フンボルトはその19世紀の冒険の中で注目したと言われる。新たに3期目に突入した大統領のラファエル・コレアは、ついにエクアドルの金、銀、銅などの鉱物の地価の富の鍵を開けることを狙っている。彼の最初の6年の任期中に追及されたポピュリスト政策は、国産会社と環境主義者を同じように遠ざけた。しかし、6月13日に可決された新鉱業法は、より実際的な方針を示唆する。

2009年の包括的な鉱業改革は、会社を官僚主義でつつみ、彼らを税で痛めつけた。その政府は、その鉱業体制を世界中のどこの国よりも最も儲かると褒めちぎった。投資家は注目し、他に行った。2月の大統領選挙が道を離れて、コレア氏は経路を変えている。その新法は、以前には青天井だったロイヤリティに8%の上限を課し、必要な許認可を合理化する。会社は、その投資を取り戻すまで、タナボタの税金を支払わない。

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大陸分割 - ラテンアメリカの地経学

7月
08

その地域は二つの二者択一のブロックの後ろに落ち込んでいる。市場主導型の太平洋同盟と、より静態的なメルコスールだ

5月23日に、コロンビアの町カリで、4つのラテンアメリカ諸国、チリ、コロンビア、メキシコ、そしてペルーの大統領が、その商品貿易の90%にかかる関税を取り除く協定に調印する。彼らはまた、残りの10%への関税も、7年以内に撤廃するというタイムテーブルにも合意する。彼らはすでに、お互いの国民へのヴィザ要件を取り除いており、共通市場を立ち上げることに向けて迅速に動く熱意を宣言している。太平洋同盟と自分たち自身で呼んでいるそのグループは、チリの財務大臣フェリペ・ララインによると、「現在ラテンアメリカで進んでいるもっとも興奮することだ。」部外者の中にもそう考えるものもいる。コスタリカとパナマも参加したいと思っている。カナダの首相スティーヴン・ハーパーとスペイン首相マリアーノ・ラホイは、カリの会議に立会人として出席すると言っている。

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過去と未来 - ラテンアメリカの統合

2月
24

その地域の時代錯誤の新しい顔

ヨーロッパがひれふし、ラテンアメリカの多くが急成長する中で、かつて大西洋をまたいだ「戦略的連合」のジュニアパートナーだったものが命令をしていると期待するかもしれない。しかし、そうではない。1月26,27日のチリの首都サンティアゴでのEUとの2年に一度の首脳会談と、その次の日のラテンアメリカとカリブ海諸国の共同体であるCELACの懇親会で、ラテン諸国は内部分裂と過去の目立ちたがり屋政治へののめりこみの両方を示すと決めたようだ。

たぶんそれが、ドイツのアンゲラ・メルケルとスペインのマリアーノ・ラホイ以外のヨーロッパのより重要な指導者たちがわざわざ長旅をしようとしなかった理由だろう。仕事の主要な潜在的な点は、EUと、ブラジルとアルゼンチンに率いられた貿易ブロックのメルコスールとの間の、長く停滞した貿易交渉だった。これらは1990年代に始まった。「しかし、お互いの市場へのアクセスという中心問題において、我々は依然として仕事に取り掛かっていない。EUの貿易担当委員のカレル・ドゥ・グヒュトは嘆く。

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ヒュー・アンド・クライ - パスポートデザイン

3月
09

パスポートの色の多くの意味

南スーダンの誕生は多くをアメリカに負っている。おそらく、感謝のしるしとして、(去年一般競争によって選ばれた)その国家紋章は、国印のように見える。そしてその青と鷲飾りの新しいパスポートは、アメリカの旅券とよく似ている。そのようなまねを非難する人々は歴史を学ぶべきだ。ベンジャミン・フランクリンは新しいアメリカのパスポートをフランスのものに基づいて作った。当時、それはたった1枚の紙切れだった。

パスポートが国家主権を代表するように、それは独立国家であることの資格の典型的な範疇の一つだ。だから、パスポートをそろえることは、協力のしるしなのだ。それはゆっくりとした過程になり得る。当時のヨーロッパ共同体の9つの加盟国(今は27ヶ国の強いヨーロッパ連合)が、今では彼らが分け合っているパスポートの表紙の色(しかし他の特徴は異なっている:ドイツのものは他の国で使われているような柔らかいものではなく、堅いカードの表紙を持っている)をそろえるのに何年もかかった。統一パスポートが最初に提案された翌年の1976年、英国は提案された繊細な薄紫色の陰に身震いした。外交官たちは、それから、(当時の報告書によれば「あまりにつまらない」とされた)栗色を退けるのに4年かかり、1981年にワイン色の合意に達するまでに紫色の案もあった。

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