ヒューマン・ライツ・ウォッチ

うわべだけの成功 - リベリア

1月
19

大統領は平和を保っているが、汚職を減らすのに失敗している

サングラスをかけた小さな白人の男、そのアフリカ系アメリカ人同伴女性、そしてワシントンの有力者一団が、リベリアの首都モンロヴィアのロイヤル・グランド・ホテルの大理石風のロビーをさっと通り抜けるとき、ガードマンはあからさまに肩をすくめる。野心的な友人たちは、しばしばその国のノーベル賞受賞大統領エレン・ジョンソン=サーリーフに会うために突然訪れる。今回、8月26日に、かつてリベリアを野蛮さの決まり文句にした内戦終結10周年を祝うためにやってきたのは、慈善家に変わったアイルランド人歌手のボノ、アメリカの元国務大臣コンドリーザ・ライス、そして7人ものアメリカの上院議員だった。

「私は、ここで徐々に明らかになっている成功を理解し始めている。」ボノは語った。たぶん彼は、行政官が入試制度を賄賂や家族のコネではなく本当の点数に基づいての公正なものに変えた後の今年の入試で、その国の2.5万人の受験者が誰も合格しなかったことを聞かなかったのだろう。リベリアでの教育は、混乱している。悲しいことに、その大統領の最善の努力にもかかわらず、他のことの多くがそうだ。

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さあ、ショータイムだ - ケニアと国際法廷

1月
19

ケニアの大統領ウフル・ケニヤッタとその副大統領ウィリアム・ルトの審理は、国内と国外での司法と政治的安定に影響しうる

ケニアを内戦の間際に導いた暴力的な選挙の5年後に、申し立てられた指導的犯罪者の何人かがついに審理にかけられている。9月10日の、その最初のものは、3月に副大統領に選ばれたカレンジン族の指導者であるウィリアム・ルトだ。1か月か2か月後に、彼の上司であり、別に審理にかけられる、キクユ族の指導者であるウフル・ケニヤッタ大統領の番が来るだろう。

その二人の男たちは、たっぷり1,300人の死者を出した2008年初めのお互いの共同体を民族浄化と殺人の活動で対抗したことで、告訴されて裁判を受ける。しかし、彼らは、幾分かは審理されているハーグの国際刑事裁判所(ICC)に対して民族的そして部族的感情をかきたてることによって、この3月に行われた議会と大統領選挙に勝つために、去年手を組んだ。

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格子でロックされた - チベットの治安

9月
02

北京からの専門家の助けで、チベットはその監視制度をきつくしている

北京からの何十もの高官が、チベットの首都ラサでの3年の任期をまとめている。7月の初めに、交代チームが彼らの仕事を続けるために到着する。北京に戻る予定の人の中には、ラサでの新監視制度の立ち上げで賞賛されそうなZhi Haijieがいる。

それは、2012年の4月に、Zhi氏が副党書記として務めたラサの城関区で始められた。高官は、それを「社会管理の格子制度」と呼ぶ。その主要な狙いの一つは、格子として知られる地域内の共同体労働者によって集められた諜報を使って、高官が潜在的なトラブルメーカーを監視するのを簡単にすることだ。ほとんどの本来からの町とその周りのいくらかの田舎地区を含んだ城関は、175の格子に分けられている。(どのラサの隣近所も今いくつか持っている)その格子の小さなサイズは、詳細なリアルタイムの情報を集めることを促進することを意図している。

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森から出て - インドの未統治の空間

8月
09

殺人的な攻撃は、インドの「アウトランド」での無視を強調する

コングレス党のための政治ポスターが林床にばらまかれている。ジープは弾丸で穴だらけになっている。政治家とその息子が殺されたところにハエが揺らめいている。それは、5月25日にインドの政治家たちを運んだ17台の車の護衛隊をマオイストの反乱軍が待ち伏せ攻撃した3日後の、曲がりくねった丘の脇の道での光景だ。犠牲者のほとんどは20分間の銃撃戦の間に亡くなった。攻撃者たちはそれから少しの目立った生き残りをしょっ引いて、即座に処刑した。全部で、28人が殺された。

そのコングレス党の政治家たちは、チャッティースガル州の遠く離れた森林地域の鉱物が豊かなバスタル県での集会から戻っており、そこはインドの土着民のアディヴァシーが優勢である。その訪問は危険が高かった。マオイストは、その地域を「解放地域」だと考えており、政治家などに近づかないよう警告する。しかし、その護衛隊への治安保護は、一人の軍のレンジャーが少なくとも100人の人民解放ゲリラ軍がいると推計するものに対して、わずかだった。

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戦争のことを言うな - ケニアの選挙

3月
31

有権者は、あまりに近づいている大統領選挙中のトラブルへの準備ができている

金属シャッターが下り、食料の在庫は切れ、数週間分の衣類を詰めたみすぼらしいバッグがケニアの民族的にまじりあった首都のナイロビから北西の農業地帯へ続く道路の脇に並ぶ。「我々は選挙のためにここにいたくない。」ブリキと材木でできた家に鍵をかける両親を助ける15歳の少年は言う。隣人の中には、3月4日の大統領選と4月にあるかもしれない決選投票の後の暴力を恐れて、すでに立ち去ったものもいる。5年前の最後の選挙後に1,300人以上が亡くなり60万人が居場所をなくした部族衝突の後で戻っていないものもいる。彼らはほかの所で民族的飛び地に住み、2007年のカレンダーがまだ壁にかかった空の掘っ立て小屋を残している。

その当時、様々な民族集団が選挙結果について争い、彼らの指導者が全国統一政府の形成に合意するまでお互いに激しく襲いかかった。何人かのこの選挙の候補者は、5年前の暴力を組織化したとして告発され、ハーグの国際刑事裁判所(ICC)によって起訴されている。

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東の刑期 - 日本の牢獄

3月
19

日本人は犯罪者さえも秩序を守りよい行動をする

東京のすぐ外にある赤レンガのファサードを持った千葉刑務所は、ヴィクトリア期の英国の監獄のように見える。似ているのはそこまでだ。英国の牢獄はしばしばうるさく汚く暴力的だが、千葉は幾分元兵士たちのためのスパルタ退役ホームに似ている。廊下と小さな獄房はシミひとつない。制服を着た服役者は、警護の後ろでそろってゆっくり歩き、部屋に入る前にお辞儀をする。

かつて国連の調査官として英国の牢獄を訪れた副所長の信海博憲は、見たものにショックを受けた。彼は依然として、在監者が自由に混ざり話をするのを見て驚いたのを思い出すことができる。「日本人の刑罰の哲学は違っている。」彼は説明する。日本では、話すことは、休憩時間を除いては禁じられている。無給の仕事は、選択ではなく義務だ。

日本は、ほとんどの先進国よりもはるかに低い率でその国民を投獄する。10万人につき、英国では149人、アメリカでは716人なのに対して、55人だ。その国の法務省はまた、低い再犯率も指し示すことができる。しかし、その国の188の刑務所と拘置所は、特にその厳しいルールと秘密主義(2月21日に政府は突然3人の死刑を執行したと発表した)への妄執について、そして広く孤独な幽閉を行うことについての厳しい批判に、ますますさらされている。

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間違った年代物 - 南アフリカのワイン醸造

2月
21

ブドウ園の労働者は変化を要求している

新世界で最も古い南アフリカのブドウ園では、ケープの初期オランダ人植民者の白塗りの家は、渓谷とブドウ園を見渡すことのできるこぎれいなテイスティング室に変わっている。多くの場所に立っているかつては畑での労働時間の初めと終わりを知らせた奴隷鐘は、今では骨を折った男女たちの記念碑と観光客の写真の背景になっている。

現在の労働者の中には、これらの奴隷の子孫もいる。多くが依然として貧しく、掘立小屋に住んでいる。ケープの農場労働者はその国で最も低賃金の部類に入る。ほぼすべての農場所有者が白人で、労働者は有色人種だ。ローリーが1日の仕事を終えて家に送り届けられる低賃金労働者を満載して大通りを地響きを立てて下るとき、観光客はフランシュホックの町の古風なワイン農場の中で晩酌をちびりちびり飲むことができる。

この社会的経済的な変化のなさが、南アフリカのもっとも手におえない問題の一つであり、増加する不満のもとだ。去年、それはヨハネスブルグの近くの鉱業地帯で爆発した。より最近には、暴力的なデモは西ケープ州のブドウと果実生産地域でほとんど毎日起こっており、警察がその国の主要な南北幹線を封鎖して石を投げるデモ参加者に対してゴム弾を発砲している。

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学校の殺人 - タイ南部の反乱

2月
05

南の奥で野蛮な殺人の波があるが、望みのきらめきもある

先月、自動小銃で武装した男たちが南部タイのパッターニー県のバン・バ・ンゴ学校の食堂に乱入し、二人の教師を射殺した。次の日、教師組合はパッターニー、ヤラー、ナラーティワートの三つの県と隣のソンクラー県の4つの地区の1,300すべての国営学校を抗議のために閉鎖した。それらは再開したところだ。

その殺人は、国の外は言うに及ばず、タイ国内でも比較的なんの注意も惹かなかった。その地域での死と破壊の陰惨な退屈話は今では飽きられている。その銃撃者たちはほとんど間違いなくパッタニー・マレー民族革命戦線コーディネート(マレー語のイニシャルでBRN-C)といったぼんやりとしたムスリム集団の一つから来た。彼らは、1909年にタイ(当時のシャム)に合併された古代パタニ王国の再興のために戦っている。タイは仏教徒が支配的だが、南ではマレー系がムスリム多数派を形成している。2004年以来、4つの最南部の県で5,000人以上が殺されている。

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強い男 - ルワンダ/ポール・カガメ

10月
05

ルワンダの戦いなれた大統領ポール・カガメは西側の攻撃にさらされている。彼は戦いの準備ができている

アフリカの真ん中に位置するルワンダで、キガリはその真ん中に位置し、そしてその町を二等分する木製の棟には一層の政府合同庁舎があり、そこでほぼ毎日ほとんどの時間、大統領のポール・カガメが机に向かっている。しかし、地理と勤労だけがカガメをアフリカでかつてないほどの中心的な人物にしているわけではない。1994年に世界が躊躇した時にジェノサイドからその国を救った反乱軍司令官は、それ以来大統領としてルワンダを素晴らしい再生に導いている。過去10年間で、ルワンダの経済成長は平均8.2%で、国家予算における援助の割合は85%から41%に下がっており、幼児死亡率は半分になっており、小学校への入学は3倍になっている。その記録は彼を突然成長と機会が爆発している新しいアフリカの化身にしている。

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