社会

法学校へ戻れ - 中国とチベット

5月
23

選ばれた指導者は中国が話をしたい最後のチベット人だ

中国はチベット合併60周年を祝おうと準備しているので、チベット亡命政府の新しく選ばれた首相、ロブサン・センゲをすげなく拒絶した。中国国外在住のチベット人によって選ばれたセンゲ氏は、前任者のチベットの精神的支柱で国際的な表看板のダライ・ラマが政治的役割から引退するといっているので、より高い立場に立つ。

43歳のハーヴァード法学校の特別研究員であるセンゲ氏は、多くがインドに住んでいる有権者を訪れて、彼の計画について議論した。彼は中国と「いつでもどこでも」交渉することを提案した。中国は公式誌の「中国のチベット」でのチベットにおける親密な共産党の代弁者の朱維群とのインタヴューを通して反応した。

朱氏の「彼の亡命政府」への軽蔑はほとんどページにインクをはね散らすような勢いだ。「それはすべて母国を裏切る分離主義者の政治的派閥で、まったく正当性が無く、中央政府の代表と対話を持つどのような地位もない。」

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それは運命ではない、と望む - 人口統計

5月
16

国連の人口予測からのよいニュースと悪いニュース

春になり、国勢調査が花盛りだ。中国、インド、そしてアメリカが最近2010年の結果を発表した。ドイツと英国で現在調査が行われている。これらか ら現在の概略が分かる。有益なのは人口予測だ。二つの予測が国連の人口局から発表された。それは2年ごとに予測を更新する。2100年までの予測を発表し たのは初めてだ。

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アフリカの中国人 - 協働への試行

4月
26

アフリカ人は、中国が彼らの昼食を作ってくれるのか、それとも食べるのかを問うている。

Zhu Liangxiuは、ナイロビのバーでケニアのラガーをがぶがぶ飲み、中国の警句を暗誦した。「人は同じ川に2度入ることはできない。」Zhu氏は香港近くの仏山出身の靴製造者で、彼の2度目のアフリカへの旅の最中だ。彼はこの場所が好きになり始めたというが、彼の声には失望が見て取れた。

3年前の彼の最初の旅で、Zhu氏はノート1冊の注文を受け、アフリカ人は彼と取引したいだけではなく、彼の会社を楽しんでいることに驚いた。「私は多くの国に行ったが、ここほど温かく歓迎されたところはない。」と彼は語る。知らない人が、彼の母国の、発展途上国に対する大きな関与を祝福した。中国はアフリカの一番大きな交易相手で、3分の1以上の石油をその大陸から買っている。多くの新しい学校や病院のために金が支払われた。地元の人たちは、中国は貧困を終わらせるために他のどの国よりも良くやっている、と誇りを持ってZhu氏に語った。

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中国ビジネス - 資金調達が犯罪になるとき

4月
20

若い女性ビジネスマンの死刑判決は起業家たちを震え上がらせた

中国でとても奇妙なことが起こった。4月7日に、有名な起業が盛んな海岸沿いの県である浙江の控訴裁判所で、有名な29歳の女性企業家であるウー・インに5時間の聴取のあと、詐欺罪で死刑判決が言い渡されたのだ。彼女は逮捕される前には、現代中国では一番低い地位の人々でも成功できるという奇跡的な事業の成功を象徴していた。

彼女が死刑に直面しているという暴露は、彼女が与えたといわれる情報による何人かの有名な銀行家や役人の逮捕や、彼女自身の自殺未遂といったことを含んだ、彼女の事件に関わる一連の劇的な出来事の最新ニュースだ。控訴審を含んだ事件の多くは、直接の取材が制限された密室で行われたため、詳細はあいまいだ。しかしながら、それは中国の新聞やインターネット上での事件についての貪欲な議論を止めることはなかった。それは明らかに公衆の関心を捉えたのだ。

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紛争と貧困 - 暴力の経済学

4月
20

貧しいから国々には暴力があるのか、暴力があるから国々は貧しいのか

少し前にはアフガニスタンとコンゴだった。今ではコートジボワールとリビアだ。暴力は、貧困のように、常にわれわれとともにあるように見える。そして次のようなことが言われる:暴力は悪だ、それは貧しい国でより悪い、そしてそれは彼らをより貧しくする。

しかし、世界銀行の最も重要な刊行物である今年の世界開発報告は、もっと述べることがあると示唆している。筆者たちが議論するには、暴力は貧困の唯一の原因ではない、それは主要な原因になるのだ。暴力の食い物にされる国々はしばしば暴力に閉じ込められている。そうでない国々は貧困から抜け出している。これは、立て直そうとしている貧しい国々と助けようとしている豊かな国々の両方に深い示唆をもたらす。

多くの人々は、発展は主に「貧困のわな」として知られるものによって邪魔をされる。農夫は肥料がより多くの収穫をもたらすと知っていてもそれを買わない。道がなければ、彼らは自分たちの豊作になった作物はただ畑の中でだめになるだけだろうと考える。そのような罠から抜け出すには道を作るしかない。そしてもし貧しい国々が自分たちでそれを作れないのならば、豊かなドナーが踏み出すべきだろう。

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ヨーロッパ滞在記録

3月
31

 
ここは、2008年9月から2009年8月までのアイルランド留学、その間、そして帰り道にに訪れたヨーロッパ各国での経験をまとめた記録です。とてもではないが洗練されているとは言いがたい、本当に感想文集のようなものですが、もしご興味がありましたらごらんになってください。

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ボツワナの歴史

3月
31

Thomas Tlou氏とAlec Campbell氏によるHistory of Botswanaを和訳したものです。

ボツワナの高校の歴史教科書として使われているだけあって、原文はとてもわかりやすく、内容もしっかりしていると思います。残念ながら訳者の力の限界で魅力の全ては伝え切れていないとは思いますが、ボツワナにご興味のある方はまず最初に読むべき書籍ではないかと思います。

あくまでも試訳ですので、引用などなされる際は必ず原書に当たってください。引用されなくても、原書を読む方がわかりやすいと思いますので、ぜひそちらをご参照ください。

 

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お金か幸せか?

2月
03

また2ヶ月前のエコノミストをぺらぺらめくっていたら、お金と幸せとどっちが大事か、といったような記事が載っていた。酔っ払いながら見ただけなので、中身はよく理解していないのだが、考え事をしたことをちょっとだけ。お金以外の幸せというものについて政策目標にすることは可能なのだろうか。幸せの定義を一つにしてしまえばそれは結果としてはお金を目標とするのと大して変わりがなく、たくさんのものを定義すれば政策目標になりえない。客観的な幸せの定義は可能なのだろうか。一つの考え方として、例えば、政策というものを国が策定するものだと定義するのならば、その政策対象の国民が生まれ変わるときにまたその国に生まれたいという主観を持つことが幸せだと定義できるのかもしれない。ただ、比較対象が何もなく盲目的にその国がいいというのはほとんど無意味なので、どれだけ他国を見たかという要素を加味する必要がある。来世に自国に生まれたい度*訪問外国数といったものを政策目標にすることはどうだろうか?ちょっと個人の主観に頼りすぎなのだろうか。幸せなどは主観的なものだと考えればそれでもよいような気もする。まあどうでもいい妄想ですが。

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