災害・復興

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災害が近づいている - イエメンの飢餓

5月
01
ほかの困難とともに、イエメンは忍び寄る飢饉に直面している
 
アニサはたった18歳だが、すでに二人の母親で未亡人だ。彼女は漁師だった夫と13歳の時に結婚した。彼は「海に落ちた」と彼女は言い、帰ってこなかった。彼女の膝の上で揺られながら、アニサの下の娘のアミナはその3歳の誕生日にただ用心している。彼女は幼児というよりも赤ん坊に見える。きれいな汗の層が彼女の大きすぎるおでこを覆っている。彼女は飢えで膨らんだおなかを汚れたTシャツから突き出し、早く息をしている。ほかの多くの貧しいイエメン人と同じように、アニサとアミナは、回復することのできないかもしれない一連の衝撃に傷ついている。
 
イエメンの33年にわたる支配者のアリ・アブドラ・サーレハを蜂起により追い出し、軍隊と部族派閥の間の戦いが国を引き裂こうとしていた2011年の前ですらも、イエメンの貧しい人々にとって生活は厳しかった。アニサの村のラバトは、農業が何年にもわたる干ばつと燃料価格の高騰に打ちのめされてきた沿岸のアルフダイダ県の内陸の小村だ。若い男たちは危険で低賃金の漁船の仕事を探してはるか旅に出たり、サウジアラビアへの密輸をやってみたりする。
 
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日本 一年後

3月
13

水は引いている。日本の北東部がマグニチュード9.0の地震と40メートルの津波に襲われてから1年がたち、写真家が破壊の後の忘れられない写真を撮った沿岸の村は、今では奇妙な落ち着きを発している。車はもはや今にも倒れそうな建物の上にぶら下がってはいない。破壊された漁船のねじれた外殻は、下町の道から引きずられている。

日本社会の並外れた回復力と団結は、その国が1年前に襲った地震、津波、破損した原発という空前の3重苦に取り組むのを助けている。少なくとも2万人の人々が亡くなり、数えきれない家や家財道具が破壊され、多くは再建されない。当時の総理大臣、菅直人は2011年3月11日の衝撃を、日本の戦後最大の危機、と正しく表現した。

日本は、繰り返し災難から、しばしば以前よりも活気があるほどに立ち直ってきたので、多くの思慮深い日本人(と非日本人)は、その国がただ破壊された東北から生き返るだけでなく、何十年にも及ぶ社会的経済的沈滞を追い払うことを鼓舞して、去年の災難が似たような浄化作用効果を持つだろうと信じた。しかし、1年後、3月11日は待ち望まれた触媒にはなっていない。危機後の日本についてもっとも注目すべきことは、それがいかに危機前の日本に似ているかということだ。新しい通常は古い通常と多くの点で似ている。

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希望の光 - ソマリアの未来

3月
05

ソマリ人が地域政府を作る助けをするという国際的な計画は、その悲劇的な国にとってこの何年かで最高のニュースだ

20年にわたる戦争とテロは、ソマリアを人が住むには世界最悪の場所の一つにした。去年、少なくとも8万人の人々が飢饉でなくなり、230万人が継続的に食料援助を必要としている。ソマリアの幸運が簡単に方向転換するかも知れないということをだれも想像できない。多くの西側政府は長い間絶望的に距離をとってきた。1993年に、後に「ブラック・ホーク・ダウン」の映画に記録された、敗走にさらされたアメリカもそれに含まれている。

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