災害・復興

並行する危機 - ソマリア

9月
05

どのようにソマリアでのイスラムテロリストの活動を鈍らせるアメリカの成功した作戦が、多数を殺すだろう破壊的な飢饉の一因となったのか

彼らのやぎが皆いなくなり、その最後の牛が膝を折って死んだ6月後半から7月初めまでに、男たちは今や去るべき時だと話した。Daynunay村では、ハジ・ハッサンとその子供たちが、少ない衣類、プラスティックボトル、幾らかの古い調理鍋といったなけなしの家財を包み、東に250キロのモガディシュへ出発した。彼らが通り過ぎたどの村でも、その小さな集団は大きくなり、最初は数百人の列に、そして何千人に、さらに数えきれないほどになり、故郷を捨てて南部ソマリアを横断した。水はほとんどなく、葉しか食べるものがないので、幼い者や高齢者はすぐに亡くなった。ハッサンの孫のひとりは倒れたところに埋められた。Quansax Dheereから300キロ歩いた50歳のバゲイ・アリは「ただ座り込み、死んだ」7人の人々を見たと語る。Baoliからの500キロの旅の途中で彼の子供たちが弱り始めた時、60歳のバシャル・アブディ・シャイス彼らを肩に担ぎ、運んだ。「彼らが死んだのを認識した時、私を途中で彼らをおろし、そこに埋めるだろう。」彼はその途中で2人の息子と3人の娘を失った。

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建物の再建

8月
10

 

多くの日本の地震と津波の犠牲者は彼らの家が再建されるのを見ることがないだろう

地震以来の頻繁な訪問者には、進歩は注目に値するように見える。その地域に充満していた多くのしつこいぬかるみは、徹底的に除去された。いくつかの 完全に破壊された町では、店が開き、在庫を持ち、電気も来ている。道は綺麗にされ、人工の瓦礫の山がそれに沿って並んでいる。空っぽのビール缶のようにぺ ちゃんこになった破壊された車はきちんと積まれている。高いところでは、靴箱のような、「仮設住宅」として前もって準備されたきちっとした住居が次々と建 てられている。

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予告された飢饉の記録 - アフリカの角

8月
08

世界はソマリアの飢饉の兆候にあまりに遅く反応したのだろうか?

7月27日、論争の日々の中で、最初の救援機が飢饉に襲われたソマリアの首都であるモガディシュについに着陸した。それは、3,500人の栄養失調の子供たちを回復させるのに十分な大きなナッツ10トンを運んだ。この派遣は遅いように見える。1985年のエチオピア飢饉の後、アメリカの援助機関は災害を警告するために、飢饉早期警報システムネットワーク(FEWS Net)を立ち上げた。それは11月からソマリアでの飢饉のおそれを予測していた。

飢饉は最近では技術的意味を持つ。30%の子供たちがひどく栄養失調にあり、20%の人々に食料がなく、1万人に2人の大人か4人の子供が毎月亡くなったときに、宣言される。ソマリアの一部ではこれらの恐ろしいレヴェルを超えている。3つの州ではほとんど1/3の人々がひどい栄養失調だと国連の世界食糧計画(WFP)は語る。FEWS Netは今月南ソマリアで調査を行い、栄養失調はほとんどの地域で38%を超える破壊的な率になっていることを発見した。飢饉はここ数ヶ月でほぼ全南部に広がりそうだ。約280万人がすぐに人命救助を必要としていると考えられている。

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飢餓の中での分裂 - 東アフリカの飢饉

7月
26

古い対立と同盟により、飢饉との戦いは複雑になっている

1980年代以来初めて、国連はアフリカで飢饉を宣言した。異常に厳しい干魃が主要な原因だ。1,000万人以上の人々が直接的に影響を受けている。救援機関が資金援助の訴えをはっきりさせるための中心点はソマリアとエチオピアだが、隣接するエリトリアの状況はほとんど絶望的で政治的にはより複雑だ。

本質に迫ると、エリトリア政府は食料不足に対してほとんど口をつぐんでいる。30年に渡る内戦の後に1993年にエチオピアから独立を勝ちとって以来、その国は自由のイメージキャラクターからアフリカで最も独裁的で孤独な国に変わってきた。エチオピアの高官は、誇張のようだが、エリトリアの530万人の住人のうちほとんど半分が食糧援助を必要としていると主張する。その国で最も飢えているのは、何も育たず、ほんの少数の遊牧民のアファル族が住んでいるダナキル窪地だ。高地での収穫が本当の問題だ。エリトリア政府はそこの人々は十分の食料を持っていると主張する。

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東日本復興計画私案 - 個人の復興をめざして

7月
23

朝日新聞社が東日本大震災に際して先日募集していた、「ニッポン前へ委員会」に応募しました。

当然のごとく落とされてしまったわけですが、せっかく書いたので、ここにあげてみます。

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再びどん底へ - アフリカの角での飢餓

7月
18

恐ろしい干魃が飢餓の影をアフリカに再び投げかけている

棒のような手足に膨れた腹、骸骨のような頭で目立つ大きな目、萎れた胸を子供に吸わせる痩せこけた母親。世界はそのような光景を再び見るとは思っていなかっただろう。何年間もなかったアフリカでの飢餓は、今では治療法やワクチンのある病気のように、遥か彼方に行ったように思われていた。

しかし、この60年で最悪の干魃の後、1千万人以上のアフリカの角の人々が緊急食糧援助を必要している。家畜は全滅した。何百、何千もの人が助けを求めて難民キャンプに流れ込んだ。いくつかの地域での栄養失調の比率は、援助機関が危機を定義するのに使った境界の5倍も厳しい。多くの子供たちはすでに餓死している。

干魃に最も影響されている地域は北部ケニア、南東部エチオピア、南ソマリア、そしてジプチだ。その地域の過去2年の雨期は不十分だった。川と井戸は干上がり、作物は枯れ、伝統的な牧草地は埋葬地に変わった。最悪の影響を受けた人々の多くの主な資産である60%に上る牛とやぎの群れが死んでしまい、その死体と骸骨が平原に散らかっている。

幸運にも少しの緑が残った地域では、武装した牛飼いたちがだんだん小さくなる資源をめぐって暴力的に争っている。ケニアだけでも今年だけで100人以上の牛飼いたちが殺された。

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板についた慈善 - 日本の非営利組織

7月
14

日本は長い間非営利団体に敵意を持っていたが、それは和らいでいる

3月11日の地震と津波の後、ヴォランティアたちが被災した北へ向かってあふれた。東京からきたある団体は、町の外から来たために、地方政府の許可を持っていなかったので、持ってきた食糧を受け取ってくれる避難所を探すのに苦労した。他の集団は、避難所のみんなのためには食料が十分ではないとして入場を断られた。県警察は、救援グループが混雑した脇道を避けて人毛のない高速道路を走ることができるような特別パスの発行団体だと認めるのを拒否した。

その災害は1995年の阪神大震災の後のように、日本の大量のヴォランティアをもたらした。約48万人の非営利団体(NPOとして知られる)からのヴォランティアが東北地方に流れ込んだ。しかしもし政府が人々に入ってこないように助言したり、いずれにしても現れたそのような救援組織の邪魔をしなければ、その数字はもっと高かったかもしれない。

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日本の再建(4) - より多くのことが変わる ピコ・イアー

7月
05

15分に一人日本人は自殺している。おそらく100万人の日本人が「ひきこもり」だ。その国が次々と不況に襲われるにつれ(閉店した店は辞職する総理大臣のようにありふれているように見える)、私が選んだ国の社会構造すらも、何世紀も維持され洗練されてきたものだが、砕け始めている。ある老夫婦は若い女優を雇って日曜日にうちを訪問させ「お母さん、お父さん」と言わせる。彼らの本当の娘はもはやそうしないのだ。

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