日本

消費税再論1

7月
13

先日、フェイスブックのシェリル・サンドバーグが来日して、女性の社会参加の困難さについていろいろメッセージを発していた。女性の社会進出が多少は進んでいると思われるアメリカでさえもそのような状況ならば、日本ではもっと男は仕事、女は家庭、の役割分担が深く社会にビルトインされていることだろう。それがいいのか悪いのかの価値判断は置くとして、事実としてそういう社会構造にあるときに、生活に課税する消費税というのはどういう意味を持つのだろうか?多くの家庭において、男性が稼ぎ、女性が家庭を守るという現実がある中において、たとえ財政再建が果たされて経済状況が改善し、家計の所得が3%上がったとしても、それは消費税の増税によって帳消しになる。その際に、家庭内のパワーバランスはいったいどうなるのだろうか?男性が給料が上がったといって意気揚々と帰宅し、女性は支出が増えたとして肩身の狭い思いをする。実態としては何も変わっていないのに、パワーバランスは男性優位に働くのではないだろうか?

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今見るな - 日本の原子力の未来

5月
29

一連の災難が、政府にとって困った時にやってくる

去年の数日間、まるで日本が原子力エネルギーから完全に撤退するように見えた。地震と津波が2年前に忍び寄る核破壊を作り出した後で、民主党は2040年までに原子力エネルギーから脱却すると言った。それは素早く後戻りしたが、日本の50の商業原子炉のほとんどすべてがまだ操業停止中だ。

今年の2月に、当時与党に戻った自民党の指導者安倍晋三は、新政府は原子炉が今度の一組の新たな安全性テストを通過した後にそれらを再稼働させるだろうと語った。産業と政府との心地よい仲間であるその国の「原子力ムラ」は、歓迎した。しかし今、襲われた福島第一原発が、大衆に再び警告し始めている。4月15日に国連機関の国際原子力機関(IAEA)が、一連の危険な事故を調査するために流れ込んだ。

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フィールドワーク - 日本の農業

5月
12

より少ないより大きな農地とより少ない兼業農家で、農業は競争することができる

日本の本州の北西沿岸の石川県の番場睦夫の水田は、多くが他の人の土地によって分けられた農地のモザイクだ。農繁期には、専業農家の番場氏は、彼の米に毎日水をやるよう気を付ける。他の人たちはそうではない、と彼は批判的に言う。これらの兼業農家は、「その米が乾燥しひび割れする間に、エアコンの効いた室内にいる。」と不平を言う。彼らの収穫物は、地元農協が販売するときに、彼のものと混ぜられるので、彼を怒らせる。

空いた時間にトラクターに乗る兼業農家は、日本の光景のより愛された部分だ。しばしば高齢の彼らはほかの職を持っていたり、その家族が財政的に支えたりしている。どちらにしても、農業は彼らの単一の所得源ではない。そのような農民の純然たる数が、その部門の生産性を引き下げている。日本の150万の農民のうち、たった42万だけが専業農家だ。兼業農家は投資しない傾向にあり、しばしばひどい農業をする。

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3重の恐怖 - 日本の津波

4月
11

書評 波に直面して:津波を追っての旅 グレーテル・エーリッヒ著

Facing the Wave : A Journey in the Wake of the Tsunami  BY Gretel Ehrlich

2年前、日本は破壊的な津波の引き金を引いた強い地震に襲われた。今、人間と環境の被害の冷静な計算がやってくる。アメリカ人作家のグレーテル・エーリッヒは、地震の3か月後に本州の東北沿岸に飛んだ。日本の詩と仏教哲学の学生だった彼女は、「その波に直面し生き残った人々に会う」ことに惹きつけられた。彼女の本の読者は、鋭い目を通して破壊を目撃できる。

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一木二鳥 - 日本の林業

4月
09

日本での天然と人造の災害を緩和する提案

3月11日は、日本で1.85万人の命を奪った津波から2周年だ。よいニュースはわずかだ。ほぼ31.5万人の避難者が依然として仮設住宅に住んでおり、新しい家を必要としている。

違った種類の苦しみが、毎年この時期に約2,000万人(人口の1/6)にのしかかっており、苦悩でいっぱいではないけれども、小さな数字ではない。2月の終わりから5月まで、彼らはほとんどが杉が原因である花粉アレルギーに耐える。くしゃみ、目のかゆみ、そして巨額の医療費を伴うその悩みの種は、ふつう、しょうがない、と言って無視される。

しかし、家の再建の役にも立ちうる、アレルギーを緩和する方法が見つかるかもしれない。それは、日本の森林の約40%を占め今そのほとんどが非経済的だとして放棄されている、杉やほかの針葉樹の植林をまばらにすることを伴うだろう。その木材は、失われた村を回復し、美しくするのにつかわれうる。

杉は、破壊された町や村を再建するための素材として、戦後に日本中で植えられた。まっすぐで高い杉は建設に理想的だ。しかし、関税が下げられた後に、輸入材が杉の事業を成り立たなくした。

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再生薬 - 日本の医療

3月
22

「今、世界最高の市場」

主要な男性ロールモデルが、跳ね上がった髪のテレビ「タレント」のように見える国で、山中伸弥は風変りだ。その50歳の科学者はiPS細胞の研究で2012年のノーベル医学賞を分け合った。しかし、彼の経歴はまた、日本ではめったに許されないものである、ひとしきりの失敗を含んでいる。その賞を取った時、彼は国民的英雄になったのだ。

その驚きに加えて、彼の仕事は、その人口と製造業がともに急速に高齢化している国で、事業の兆候を生み出している。iPS細胞特許を使って、ビジネスマインドを持った科学者は、例えば、高齢者の盲目を防ぐ網膜細胞を再建する新しい方法を発明するのに忙しい。政府は、そのような事業に現金で1,1千億円を戻すことを約束している。

山中博士の成功は、日本が薬を承認し、支払い、管理する方法の変革の利益を収穫しているちょうどそのときにやってくる。その狙いは、革新を促進し、上昇する高齢者関係医療費を抑制することだ。世界最大の製薬会社たちはその唇をなめている。

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東の刑期 - 日本の牢獄

3月
19

日本人は犯罪者さえも秩序を守りよい行動をする

東京のすぐ外にある赤レンガのファサードを持った千葉刑務所は、ヴィクトリア期の英国の監獄のように見える。似ているのはそこまでだ。英国の牢獄はしばしばうるさく汚く暴力的だが、千葉は幾分元兵士たちのためのスパルタ退役ホームに似ている。廊下と小さな獄房はシミひとつない。制服を着た服役者は、警護の後ろでそろってゆっくり歩き、部屋に入る前にお辞儀をする。

かつて国連の調査官として英国の牢獄を訪れた副所長の信海博憲は、見たものにショックを受けた。彼は依然として、在監者が自由に混ざり話をするのを見て驚いたのを思い出すことができる。「日本人の刑罰の哲学は違っている。」彼は説明する。日本では、話すことは、休憩時間を除いては禁じられている。無給の仕事は、選択ではなく義務だ。

日本は、ほとんどの先進国よりもはるかに低い率でその国民を投獄する。10万人につき、英国では149人、アメリカでは716人なのに対して、55人だ。その国の法務省はまた、低い再犯率も指し示すことができる。しかし、その国の188の刑務所と拘置所は、特にその厳しいルールと秘密主義(2月21日に政府は突然3人の死刑を執行したと発表した)への妄執について、そして広く孤独な幽閉を行うことについての厳しい批判に、ますますさらされている。

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困っている - 日本の歌舞伎劇場

3月
11

二人の大物役者が亡くなり、その偉大な伝統に疑問を投げかけている

東京銀座の歌舞伎座は、日本でもっとも有名な劇場だ。それは、耐震性を持たせるために、完全に破壊され再建された後で、4月に再開する。もともとの低くつられた力みを残した新しいコンクリートファサードは、東京のきらびやかな商業地区真ん中に座り込む不調和な中世の寄せ集めだ。しかし、新しい劇場をもってしても、疑問なのは、日本のもっともよく知られた伝統的な舞踏劇の歌舞伎がその偉大な役者の二人の逝去を生き残ることができるか、ということだ。今月の12代目市川團十郎の死は、歌舞伎界からそのもっとも崇められた人物を奪う。團十郎は、ローレンス・オリヴィエが英国の観衆にとってそうだったように、何世代もの日本人に認識されていた。12月に亡くなった18代目中村勘三郎とともに、團十郎は、テレビ放映や外国の劇場公演で、現代的復活の時期を通して、歌舞伎界を導いた。

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ベアテ・ゴードン

2月
02

日本についてのアメリカ人への解説者ベアテ・シロタ・ゴードンは12月30日に89歳で亡くなった

憲法の起草は人が毎日やるものではない。それは、ワシントン、フランクリンとその仲間たちが1787年のフィラデルフィアの蒸し暑い夏に数か月かかって成し遂げた。1946年の春に廃墟となった寒い東京でベアテ・シロタがそれをするのに誘い込まれた時、彼女はびっくりした。彼女は弁護士ではなかった。彼女は22歳でただのアメリカ国民だった。彼女の楽しみの考えは、毎晩外出することだった。彼女は、ほとんどが戦争前に彼女が日本に残したその両親を見つけるために、マッカーサー将軍の占領軍に付けられていた。うまくやっていた彼女の仕事は、日本語の翻訳だった。しかし突然、20数名の男たちとともによばれ、最高機密で戦後の日本の基本法を書くことになったのだ。一週間で、「ベアテ、あなたは女性だ。」と同僚たちがいった。「女性の権利について少し書いたらどう?」「素晴らしい、そうしたいわ!」彼女は叫んだ。そしてそれから彼女にはどうしたらいいのかの何の考えもないことを認識した。

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もう日は登らない - 富士山を見る

1月
08

首都で最後に道から富士山を見ることができるところは、見えなくなりそうだ

2013年の元旦の夜明けに、100キロ離れた富士山の雪をかぶった頂は、二つのあまり特徴のないアパートの区画の間からのぞいていた。住民たちは、南西にその国の象徴を眺めるために、何十年もの間、富士見坂と呼ばれる東京の下町のこの道に来ている。「見える間はそれを楽しみなさい。」ただれ目の早起きの人たちの小さな塊に86歳の地元の店主金子誠は大声を上げた。「来年の今日にはここにはないよ。」

金子さんは、アメリカの爆撃機がそこを廃墟にした後の1945年の3月にこの近所をてくてく歩いた。戦後日本を記録しているアメリカ人のドナルド・リッチーは、二人の19世紀の画家である北斎と広重による二つの版画集で不滅にされた展望である、その平らになった町中からの富士山の完全な円錐形の眺めに驚いた。しかし、戦後の再建によりほとんどすべての道からの眺めは見えなくなった。

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