日本

お金か幸せか?

2月
03

また2ヶ月前のエコノミストをぺらぺらめくっていたら、お金と幸せとどっちが大事か、といったような記事が載っていた。酔っ払いながら見ただけなので、中身はよく理解していないのだが、考え事をしたことをちょっとだけ。お金以外の幸せというものについて政策目標にすることは可能なのだろうか。幸せの定義を一つにしてしまえばそれは結果としてはお金を目標とするのと大して変わりがなく、たくさんのものを定義すれば政策目標になりえない。客観的な幸せの定義は可能なのだろうか。一つの考え方として、例えば、政策というものを国が策定するものだと定義するのならば、その政策対象の国民が生まれ変わるときにまたその国に生まれたいという主観を持つことが幸せだと定義できるのかもしれない。ただ、比較対象が何もなく盲目的にその国がいいというのはほとんど無意味なので、どれだけ他国を見たかという要素を加味する必要がある。来世に自国に生まれたい度*訪問外国数といったものを政策目標にすることはどうだろうか?ちょっと個人の主観に頼りすぎなのだろうか。幸せなどは主観的なものだと考えればそれでもよいような気もする。まあどうでもいい妄想ですが。

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V to X

1月
16

時期はずれにも2ヶ月も前のエコノミストを読んでいたら、こんなニュースもあったなぁというのが載っていたので、どうでもよいことだが、個人的な感想。

購買力平価で見た一人当たりGDPが、日本はついに台湾に抜かれてしまい、1930年代から提唱されてきた、V字型、いわゆる雁行型の経済発展モデルが崩れ、X字型になってしまったよ、ということ。個人的には、結構いい機会なのかな、という気がする。雁行型モデルなどというものは、アジアの中では日本がトップを走っている、という自己満足的なモデルであり、それは欧米に対してはアジアは後進地帯である、という劣等感の裏返しでしかないと思うからである。アジアから追われているという強迫観念からも抜け、それと同時に欧米に追いつかなければならないという卑屈な精神からも抜けるべきときだろう。自分たちが幸せならば、とりあえずそれでいいのだから。

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マーリーズ・レヴューについての感想

1月
11

今週の日経ヴェリタスの調査レポートからという記事で、英国人経済学者のマーリーズ氏らがまとめた税制改革指針が出ていた。参照元のみずほ総研レポートはこちら。とても興味深いレポートなので、いくつかコメントしたい。

全体としては、とても整合的なレポートで、一つの見方としては説得的だった。税制全体の効果、経済主体の行動に対する中立性、そして累進性という原則は、議論の組み立て方の中で若干の見解の相違はあるとはいえ、基本的に同意できる。その中で根本的な見方が異なっている部分があるのでそこを述べたい。

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武器輸出三原則見直しについての雑感

11月
17

外国人参政権の問題についてもそうだが、基本的に基準がない、というのかずれている人たちが原則をいじることには非常な危惧を覚える。自分たちの行動の本質というか意味するところをしっかりと考えているのか、それとも本当に思いつきでやっているのか。

記事によっていろいろ焦点を当てているところが違うので、何を批判すべきか戸惑う点もあるが、全体としてみると基本的には大量破壊兵器に焦点を当てて、その拡散をしないということを判断基準にすえているようだ。本当にそれでいいのだろうか。大量破壊兵器による殺戮は確かに悲惨だ。しかし、それに負けず劣らず一般兵器による顔の見える殺し合いというのも別の意味で悲惨だ。大量破壊兵器による殺戮は、ある種責任者を処罰すればそれで清算できてしまう部分があるが、一般兵器による殺し合いは、恐らくそれでは納得できない人が多い。なぜなら殺した人の顔が見えてしまい、そしてその数は絶望的なほどに多い。この感情を清算するのは一世代二世代では無理なレヴェルかもしれない。報復は報復を生んでしまうからだ。その側面にふたをして、大量破壊兵器だけを判断基準にして武器輸出を解禁することがどういう意味を持つのか、本当に考えているのだろうか。具体的な数字を持っているわけでもなく特定国を非難するのはどうかとも思うが、例えば武器輸出を国家戦略として輸出産業に育てていこうとしているような国に対して輸出解禁とか共同開発とかすることが本当に正しいのか。大量破壊兵器でなければ免罪符になるのか。最後にとってつけたかのように第三国輸出に対する法的担保を求めると言うような案が出ているが、実効的にトレースできるような仕組みを両国納得の上で本当に作れるのか。私には単なるガス抜きというかアリバイ作りのように思える。

防衛産業の窮状については確かに考慮しなければならない点はあるのかもしれない。しかしながら、私は個人的には殺傷兵器の輸出については全面的に反対する。その埋め合わせになるとは思えないが、殺傷能力のないものについては全て三原則から外せばよいと思う。それで兵器の質が保てるのか、という議論は非常に難しく、いろんな議論があるのだろうが、私の立場を繰り返せば、殺傷兵器の輸出には反対である。

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妄想的金融政策の提案

10月
29

素人の思いつきで、妄想的な金融政策を提案してみたい。基本的に頭が足りないので、理屈に合わない部分は多々あろうかとは思うが、何らかの刺激になればと思い、書いてみる。

結論から書いてしまえば、無条件無利息国債の発行、最後の貸し手としての中央銀行のこの国債への保証、そして資産インフレ税の導入である。私は、現在のデフレの原因を、国内市場だけでは実現し得ないような高利率を国債が保証していることによって国債バブルが発生し、民間投資をクラウディングアウトしていることにあると考えている。それを解決するために上記の政策を提案するものである。

まず、無条件無利息国債とは、まさにそのとおり、相続税を免除するわけでも何でもなく、ただ、無条件に利子をつけない、額面のみの国債を発行することである。当然そんな国債に買い手が付くわけもなく、仕方がないので、中央銀行が最終的に額面で全額買い取ることを保証する。目減りするよりましだと思えば、民間が買ってもよいが、別に買うメリットはほとんどというか全くないだろう。必然的に民間資金は国債以外の資産に向かう。その帰結として資産バブルが発生するだろう。それを避けるために、公的な市場があるものについてはすべて資産インフレ税を導入する。具体的には、例えばある資産の過去1年の価格の移動平均をその資産の価格と決め、その価格からの上方乖離に付き累進的に資産インフレ税を課す。値上がりが激しければ激しいほど税率が高くなるため、ある程度のインフレ抑制効果が期待できる。その上で、額面価格のある資産、端的にいえば株式については、その清算価値を価格の下限とすることにより、株式市場を下支えし、また一方では通貨については当面資産インフレ税を課さないことにし、実質的に円安誘導する。

この政策により、どのような効果が期待できるのだろうか。まずはマクロ経済的には、第一に、中央銀行が国債を買い取ることにより、金融緩和効果がある。そして国債が無利子になることにより、リスクフリーレートが下がり、民間投資が活性化する。最後にインフレ税の効果により、ある程度の株価対策と円高対策になる。政府にとっては、実質的な政府紙幣の発行により、金融政策への発言力を確保することができる。そして無利子国債の発行により、金利負担を抑えることができる。最後にインフレ税の導入により、歳入の増大が期待できる。中央銀行にとっては、まず、金融緩和の責任を自分で負わずに政府に責任転嫁することができる。そして国債の買い取り額を暗黙的に示すことにより、実質的には金融政策の主導権を握り続けることができる。最後に、民間のリスク資産よりは信用力のある国債を買い取ることにより、バランスシートの毀損を防ぎながらその拡大を図ることができる。

素人の思いつきなので、実際には難しいことが多々あろうかとは思うが、少しでも話題になれば幸いである。

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なんかおかしい中ロ歴史認識

9月
28

私はただの一般人なので、まともな歴史認識を持っているとも思えないのだが、どうも直感的におかしいと感じるので、素人の視点としてメモしておきたい。

戦後65年ということで中ロで共同声明が出た。さらっと原文を探したが、見つからなかったので報道からの印象だけでしっかりしたことがかけるとも思わないが、原文が見つからない以上、報道が事実として伝聞されてしまうのは仕方のないこととしてご容赦願いたい。要するに第二次大戦はファシズムに対する勝利で、ソ連と中共はそれを持って戦勝の正当化をしているようだ。彼らがファシズムをどう定義しているのかは知らないのだが、軍と政治権力が密接に結びついた共産党政権がファシズム批判をしているところがなんともほほえましいと言うか、手前勝手というか、なんともコメントしがたい。よって立つ原点からして怪しい戦勝の正当性なのだが、それを基にした領土主権の主張はもっと奇怪だ。第2次大戦とは何の関係もない尖閣諸島はいうに及ばず、千島諸島の主張もかなりおかしい。日本は確かにポツダム宣言で千島諸島を放棄した。しかし、だからといってそこがソ連領になる根拠はどこにあるのだろうか。主権の放棄された朝鮮と同様に独立するのなら理解はできるが、何を根拠にソ連が主権を主張できるのだろうか。どうがんばっても国連信託統治領辺りがせいぜいといったところではないだろうか。

歴史認識という点で私見を述べておけば、第二次大戦というのは基本的には、植民地を持ち民主制度のほうが効率的に政策運営ができた国々と、植民地を持たないがゆえにキャッチアップ型の全体主義が効率的に作用しそれが侵略的に作用した国々との争いだと認識している。まあ、こんな類型化をしても、米中ソという戦後にキープレーヤーとなる国々はこの類型から外れているわけであり、何の意味もないといえるのかもしれないが、実はそこにこそ重大な意味が含まれているのだろうともいえる。歴史の大きな流れとしては植民地主義と侵略主義は相撃ちのような形になり、どちらも割に合わないことになったのだが、それを体で理解しなかった後進なのに戦勝国に入ってしまった、しかもそろいもそろって不相応な広さの国土を持った国々がこりもせず植民地主義と侵略主義を推し進めたことが冷戦の背景ではないのか、というのが個人的な見解である。

そういった見解で眺めてみると、ソ連の千島領有は明らかに侵略主義の延長であり、何の正統性もない。戦争の成果として侵略を行うということは更なる不信の連鎖を生むだけであるということは、普通の国はもうとっくに理解しているのだが、まだ理解できない国もあるということである。ソ連が冷戦という戦に破れたとき、自由主義陣営がどれほど寛大な措置をしたか、そしてそれがどれほど相互に利益を及ぼしたかということは、後継国家は当然理解してしかるべきだと思うのだが、それに思いが及ばないとは残念なことだ。

戦争責任という面からも少し検討してみたい。日ソ戦という観点で見て、もし仮に戦争責任を問う必要があるのだとしたら、一体誰が問われるべきなのだろうか。誰が戦争を始め、誰が侵略をし、誰が人道的な罪を犯したというのだろうか。はっきりさせておけば、日ソ戦に関して、日本は何一つ罪に問われるようなことはしていない。仮にソ連の後継国家がその事実を認めず、侵略行為を正当化し続けるならば、少なくとも私はこの事実はずっと語り続けるだろう。

中国に関しての戦争責任というのはもう少し複雑になるだろう。基本的に法的処理は済んでいるとはいえ、現在中国と呼ばれる国に住む人たちに対して大きな被害を及ぼしたことは消すことはできないだろう。そしてそれ以上に大事なことは、間接的にせよ、それが現在に対してどのような影響を及ぼしているか、という点である。第二次大戦後、現在に至るまで、そこに住む人々は戦災に脅かされ、その後はずっと全体主義独裁政権下にある。漢民族と呼ばれる人々はまあそれだけだが、それ以外の人々はさらに植民地状態にあるといえるだろう。日本が、といって大げさならば、少なくとも私が戦争責任を果たそうとするならば、これらの人々に自由と自治を与えるためにできる範囲内で努力すると言うことだろう。

私の主張が奇妙に思える人々は、それと同じような感覚で私がこの日露共同声明を捉えているということを理解していただきたい。歴史認識などというものは決して一つではなく、見方によってそれぞれ違うと言うことである。それを強引に押し付けることが如何に不毛なことかよく考慮することが必要だろう。

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それでも法人税減税に疑義を呈す

9月
09

いよいよ法人税減税の話が現実味を帯びてきた。いかにも長期展望や現実的提案のできない現政権らしい短絡的でヴィジョンの見えない、行き当たりばったりの政策選択だといえるだろう。

まず根本問題として、法人税減税は本当に経済政策になるのか、そしてそれは他の税制と比べてより効果的だといえるのか、仮にそうだとしてもその理屈はデフレ下の現在の日本でも通用する話なのか、という点は本当に議論されたのだろうか。まず最初に断っておくが、私は貨幣流通速度を上げることが経済成長をもたらすと勝手に考えているので、その点で議論が合わない点があれば、自分の立場、経済成長の源泉はどこにあるのかという点を明らかにしてから議論していただきたい。では最初に法人税減税が経済政策になるのか、という点について議論したい。これは間違いなくなるだろうと思う。国よりも企業のほうが効率的に資金を使えることはほぼ間違いないと考えられ、どのような形であっても、減税は増税よりも経済効果は高いと私は考える。では他の税制と比べてどうなのか、という話だが、これは非常に疑わしい。乱暴な言い方をしてしまえば、利益などというものは、要するに使い道のなかったお金であり、一番流通速度の遅いお金である。もし税金をかける必要があるのならば真っ先にかけられるべきところにあると私は考えている。他のどの税を見ても、使い道のなかったお金がたまっている金融資産課税を別にすれば、法人税よりは経済成長を阻害することだろう。通常の経済状況でもそう考えられるのに、ましてや今はデフレである。あえてサプライサイドを強化する政策に優先度はあるのだろうか。

基本的立場を述べた上でいくつか子供手当等との比較で揚げ足を取っておこう。まずは子供手当の貯蓄性向の高さが話題になったが、法人税減税の投資性向は子供手当の消費性向よりも高いと言い切ることができるのだろうか。そして国際比較の議論が良く出るが、それは子供手当や農家個別補償が海外でやられているのに日本ではやられていないと言う比較と一体どこが違うと言うのだろうか。最後に一律ばら撒きに対する批判もあったが、一律減税を一律ばら撒きと言わずして一体何を一律ばら撒きというのだろうか。仮にも政策を名乗るのならば、目標を絞って行う政策のほうがより効果が高いことは明らかである。投資を促進したいのならば、投資減税や固定資産減税のほうが効くだろうし、雇用を促進したいのならば、まあ今回の提案も悪いとは言わないが、新規雇用に限らずもっと直接的に例えば給料総額の5%増しで損金計上できる仕組みにしたほうがより効くだろう。(数字は何の根拠もないのであしからず。)要するに私に言わせれば法人税一律減税などは形を変えたばら撒きに過ぎず、その意味ではこのデフレ下ではデマンドサイドへのばら撒きであった子供手当よりもさらに筋が悪いと言える。

法人税減税が長期的に意味するところはどこにあるのだろうか。アメリカも今回経済対策で減税を行ったが、税率の引き下げは行っていない。なぜなのだろうか。これは私の推測に過ぎないが、税率自体を引き下げてしまうと、今後の経済政策の政策手段を決定的に奪ってしまうからではないのか、と考えている。今回行ったような投資減税が効くのは、ある程度の税率があるから効くのであって、元からの税率が低かったら投資減税の効果は低くなる。投資以外の減税、例えば今回の日本のような雇用減税にしても、税率が高くないと減税効果がないのである。だからヨーロッパでは減税による経済政策が取れず、更なる財政支出に頼らざるを得ない。最終的にどちらのほうが高くつくのかは明らかではないだろうか。

アジア企業が元気がいいのは法人税が安いからというのが決定的なのではない。市場に元気があるからだ。その意味でシンガポール、そしてせめて韓国程度の国内市場の小さい国がその市場の魅力のなさを補うために法人税を下げると言う戦略は合理性があるが、中国のような魅力的な国内市場を持った国が法人税を下げると言うのは自分の市場を安売りしているおろかな政策にしか見えない。法人税で競争するまでもなく、市場に近いところで作ったほうが得に決まっているからだ。今日本がやらなければならないのは、先進国の中でも群を抜いて均質的で質の高いそしてまとまった規模のある国内市場をより魅力的なものにしてその魅力によって資本を誘致する戦略であると私は考える。そしてそのためにはまずお金を動かすこと、具体的な話になるととても長い話になる上に実現性は低いのでまずはおくとしても、少なくとも法人税減税よりも固定資産減税のほうがまだましだと言えるだろう。そして法人税減税の財源に消費税を充てるなどという話はもってのほかである。私は現総理のような法人税減税論者の唱える消費税増税論議に乗ることは決してないだろう。

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