日本

エコノミスト誌 デジタルアーカイヴ関連記事を読んで

5月
08

デジタル・アーカイヴについての記事だった。

むろん、やらないよりやった方がいいのだろうが、実際問題として、出版社に義務付けしたところで、この膨大なデジタルの海の中でつかめるデータなどはほんの一部にすぎないことになるだろう。最初の方に出てきた人気のあるサイトやコメントが消えていくことには何の対策にもならないし、これからますます個人による情報発信が増えれば、どうにも制御不能だろう。しかも、学術出版等に関して言えば、今後はウェブサイトからの引用なども増えるかもしれない。そしてそのサイトが引用した時と同じ内容だと保証する仕組みは何もない。情報の正確性を期するためにはここら辺の整備をしていくことも重要なことなのではないだろうか。例えば、ウェブサイトから引用した際には引用日時とその時点でのコピーが自動的に添付され、それは更新されることがないようシステムとして整備しないと、その時点での光景などは何も見えてこないことになってしまうのではないだろうか。本文を読むと技術的には可能なようなので、あとは制度の問題なのだろう。

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エコノミスト誌 第3の産業革命を読んで

4月
30

大きな流れと、政府の役割については基本的には合意できる。その中で、日本から見るともう少し違った光景が見えることをいくつか指摘しておきたい。

一つ目は、本記事は、製造業の時代は終わったという感じで書いているが、あくまでもそれは大規模大量生産型が終わったという話であり、製造業自体は、(おそらく日本においては)サーヴィスや金融よりも下に行くことはまずないだろうと思われることだ。これは時代遅れだとか、そういった議論ではなく、すみわけの話で、アングロサクソン系が金融や情報サーヴィスにおいて圧倒的な力を持っているのは疑いもない事実であり、そこをただ追いかけて勝ち目のない戦を挑むのはあまりに愚かしく、日本は日本のやり方で新たな時代に適応していくほうが良いのだろうと思うということを言っているだけだ。言葉にするのは非常に難しいところだが、ロマンティックな信念ではなく、現実的に選びうる選択肢は、日本にとっては結局製造業の強化しかないのだろうと思うのだ。

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日本人の手に戻る - ソニー

4月
28

 

平井一夫の新戦略はソニーのビジネスにぼやけた未来を与える

 

かつては世界を打ちのめす電気製品を作っていたが、今ではほとんど損失を出しているということでよく知られている日本企業のソニーを救うのに、たった一人の男の手にあまりに多くを期待することはできない。そうだとしても、経営を日本人の手に取り戻して2週間もたたない4月12日にその会社についての見通しを明らかにした平井一夫は騒々しいスタートを切った。

 

4月10日にその会社は、3月31日に終わる会計年度にその65年の歴史上最大の損失である5,200億円の損失を出すと予測した。もっとも最近の2月に発表されたものよりも2倍悪いその新たな予測は、1年で40%下がっているその株価に痛手を与えた。増えた損失は、かなりが会計方式の変化に起因したものだ。4年連続の赤字によって、ソニーはもはや繰越税金損失を資産として計上できないと決めた。「そのニュースは私をひどくたたいた。」平井氏は認めた。

 

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企業メセナについて

4月
01

企業メセナについて考える機会があった。しっかりと調べているわけではないので、非常に感覚的なのだが、日本における企業メセナ活動というのは非常に特徴的なのではないかという印象を持っている。欧米では、確かにメセナは盛んなのだろうが、個人主義的な文化が影響するのか、主に大金持ちの(またはそうではなくても)個人による寄付が中心であるように見受けられる。それはおそらく、個人的美意識の発露として芸術に出費すると言うことが普通の感覚であろうと思われる西洋的な感覚の延長なのだろう。対照的に、日本では企業によって組織的に文化支援がなされているというイメージがある。これは、どちらが優れているとか行った問題ではなく、そういった個性であり、考えるべきはその個性を生かしてどのようにより有効な政策を行っていくのか、ということだと私は考える。

組織的に文化支援を行うというのは、おそらく欧米的な文化尺度で見れば非常に不気味なものに移るのだろう。組織の意思として芸術を評価するというのが本当の美の追究なのか、という点で個人の美意識を重視する文化では心理的な抵抗があるに違いない。そしてそのやり方が芸術育成にとって好影響を及ぼすものなのかどうかもわからない。しかし文化に対する影響の善悪の評価は欧米型にしても同じであり、日本企業がそういうやり方をとってきて、それが得意であるのならば、こびることなくそのやり方を貫いた方がいいのだろう。欧米型がいいと信じる人は、まあしっかりお金を稼いで自分で自分のひいきのアーティストを支援すればいいのであって、それは別に排他的なものではないのだろう。

それはともかくとして、そのやり方が芸術的な意味で美しいのか、という論点は置くとしても、企業がかえで芸術振興をやるというのは、特に若年層に対しては、効率的な文化教育という意味で非常に有効なのだろうと思う。組織的なやり方は、突出した天才を作るのには向いていないのかもしれないが、幅広い裾野に組織ぐるみでステージを準備して経験を積ませると言うことで、日本企業得意なカイゼン的な、文化の側面でのインクリメンタル・イノヴェーションの仕組みだとはいえるのだろう。そして、それは、人生のある重要な局面においてその企業の名前をきわめて印象的な形で埋め込む、という意味では、特に一般消費者向けの商材を扱う会社にとっては、将来の文化的オピニオンリーダー候補の脳裏に企業の好印象を埋めつけるという意味で、非常に効果的なマーケティング手法なのだろう。

このやり方は、特に若年層人口が多く、組織的にやらなければ何事も手が回らないという局面では特に有効なのだろうと思われる。特に意欲的で活発な層に、真っ先に好意的な企業イメージを植え付け、そこからの口コミ効果のような形で企業ブランドイメージを上げていくというやり方は非常にポジティヴなのではないかという気がするのだ。すでに人口減少社会に入った日本や欧米、そして中国もすでに含まれるのかもしれないが、そのあたりは別としても、人口増加率の高いインド、中東、アフリカなどで、文化事業に積極的に投資して若年層の育成に寄与することはコストパフォーマンスの非常に優れたマーケティングになるのではないだろうか?しかも、これらの地域は文化的独自性が強いので、クラシック音楽のような西洋的な文化事業よりも、土着の音楽や踊りに積極的に関わることで、自文化への誇りとともに企業イメージを埋め込むことは、とても高い効果が期待できるのではないだろうか?こうしたやりかたで、日本独自の途上国市場開拓を進めていくことはできないだろうか?

一方で、よそ様の文化政策に口を突っ込む前に自国を何とかしろよ、という話は出てくると思うので、そちらをどうするのか、ということになるが、こちらはちょっと方向感が見えにくい。人口減少下では、マーケティング的な意味での文化振興は、どんどんコストパフォーマンスが下がっていくだろう。よりピンポイント的なメセナでないと株主の理解は得にくくなるのかもしれない。これは何らかの具体的イメージがあるわけではなく単なる試案だが、ソーシャルメセナ的な手法が必要になってくるのかもしれない。枠組みとしては今までの丸抱えと変わらないように見せかけながら、ソーシャルメディアなどを通じて、個人の転機のようなものを演出するような形で舞台装置を作っていき、自発性を喚起することによってコスト削減を実現するとともに与える好印象は変えない、という形にしていかなければならないのでは、と思うのだ。何というかこれだけでは何も言っていないのと同様だが、要するにかけられるお金は減る中で、対象者の人生の思い出の中に企業名を効果的に好意的に印象づけるのか、ということに知恵を絞らないといけないのだろう、そして好意的に印象づけるために芸術のような美に関わることを使うことは依然として最も有効な手法の一つなのだろうな、ということを漠然と考える次第である。

 

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