日本

失敗した夢

3月
14

 

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日本 一年後

3月
13

水は引いている。日本の北東部がマグニチュード9.0の地震と40メートルの津波に襲われてから1年がたち、写真家が破壊の後の忘れられない写真を撮った沿岸の村は、今では奇妙な落ち着きを発している。車はもはや今にも倒れそうな建物の上にぶら下がってはいない。破壊された漁船のねじれた外殻は、下町の道から引きずられている。

日本社会の並外れた回復力と団結は、その国が1年前に襲った地震、津波、破損した原発という空前の3重苦に取り組むのを助けている。少なくとも2万人の人々が亡くなり、数えきれない家や家財道具が破壊され、多くは再建されない。当時の総理大臣、菅直人は2011年3月11日の衝撃を、日本の戦後最大の危機、と正しく表現した。

日本は、繰り返し災難から、しばしば以前よりも活気があるほどに立ち直ってきたので、多くの思慮深い日本人(と非日本人)は、その国がただ破壊された東北から生き返るだけでなく、何十年にも及ぶ社会的経済的沈滞を追い払うことを鼓舞して、去年の災難が似たような浄化作用効果を持つだろうと信じた。しかし、1年後、3月11日は待ち望まれた触媒にはなっていない。危機後の日本についてもっとも注目すべきことは、それがいかに危機前の日本に似ているかということだ。新しい通常は古い通常と多くの点で似ている。

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ウォンアップマンシップ - 日本の通貨

3月
12

日本は円とウォンの呪いを破ることができるのか?

円の、特に韓国ウォンに対する強さは、日本の電機会社に近年赤字を跳ねかけるのを助けてきた。今ではそれは血をまき散らしている。2月27日に、日本のDRAMメーカーのエルピーダは、第2次世界大戦以後日本の製造業で最大の破産となった。その消滅の一番の受益者は韓国のサムスンだ。

通貨の有利だけでサムスンがエルピーダをたたいたことを非難するものは誰もいないだろう。その電機の巨人は、多くの日本の競争者よりも素早く勇敢だ。しかし、円/ウォン為替レートは2008年中頃の世界的金融危機の始まり以来、大々的に韓国の輸出者に有利に作用してきた。その期間に、ウォンは円に対してだいたい50%下落し、韓国企業が価格において日本企業を浸食し、その国を経済成長の軌道に戻す力を与えた。しかしながら、円は、呪われたように行動している。日本が経済的苦境に陥れば陥るほど、その通貨は強くなったのだ。

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未来を構想する - 消費税論議から考える(9)

2月
24

消費税にいかに無理があるか、ということをずっと述べてきた。その中でも何より問題なのは、将来世代に負担を回さない、という言い回しをしながら、 実際には将来の見通しが一切立たないということだ。一番大きなところでは、すでに先週も指摘した通り、デフレ促進型の税制を主とする中で、いかにして持続 可能な経済社会を築くのか、ということについての理論的バックグラウンドが一切見当たらない。そしてもしそれが可能だったとして、いったいそれを持続可能 にするには何%の消費税が必要なのか、という点が明らかではない。しかも、目くらましのように2段階増税とし、その後もどこまで上がるかわからないという どこまでも行き当たりばったりのやり方。要するに、戦略レヴェルで、最終的に勝つ姿が全くイメージできておらず、戦術レヴェルで、まず攻略すべき目標が定 まっておらず、用兵レヴェルでは、いつどんな時代でも下策中の下策とされる兵力の逐次投入をしようとしている。このやり方のどこに勝利のにおいをかぎ取る ことができるというのか。独りよがりの理想に従って暴走することがどのような結果をもたらすか、などということの実例は世界中にごろごろしている。人を巻 き込むのならば、せめてほんのわずかでも勝てるという見通しを示してからにしていただきたい。

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消費税の持続可能性 - 消費税論議から考える(8)

2月
17

どうも政府の論調を眺めていると、一つの思い込みが感じられる。それは、持続可能な社会保障制度のためには消費税が最適だ、というものだ。はたして消費税というのは持続可能なのだろうか?

確 かに安定的な財源ではあろう。当たり前のことだ。経済の最も基本となる取引の部分に手を突っ込んで、そこから金をとろうというのだから。でも、普通の常識 を持っている人ならば、当然わかると思うのだが、例えば、パソコンの調子が悪くなったから、と言ってろくな知識もないのにいきなりOSに手を突っ 込んでその部分だけ直すなどということはふつうはしない。確かにそこは治るかもしれないが、他の部分に与える影響があまりに大きすぎるからだ。普通の人な らばそのようなことをせず、調子の悪いソフトを入れ替えるなど、アプリケーションレヴェルで対応するものだ。それが、他の制度(アプリケーション)は汎用 性がないから、汎用性のあるところ(OS)で対応すべきだ、などと主張する。そう主張するのならば徹底的に汎用的な制度にすべきなのに、そうはせずに見た 目だけ汎用的なように見せようとする。それをいじることがどれだけ資源配分をゆがませるのか、ということを本当に考えているのだろうか?

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