ローラン・バグボ

罪の意識は分かち合われるのだろうか? - コートジボワール

5月
20

その政府は、少なくとも書類上は、残虐な過去を洗い清めようとしている

宗教的指導者、法務大臣、そしてほかの詰め合わせの高位高官たちは、黒いシートの後ろから一人一人現れる。無表情に前を見つめる者もいる。たった今内部で目撃した陰気な光景を示すひどい顔をしているものもいる。多くが外科用マスクをしている。

二年前、4人の若い男たちが、近くのトルコ石と白いモスクの外で死刑を執行された。現職のローラン・バグボが挑戦者アラサン・オワタラに投票で負けたことを認めるのを拒絶した2010年11月のコートジボワールの大統領選挙の後で燃え上がった紛争は、商業首都アビジャンの一地区ヨプゴンで残忍な最高潮に達した。その4人は、その地区の襲われたムスリム共同体の所属者が避難していた現地のモスクを警護していた。夕方のお祈りの少し後で、バグボ氏の支持者たちがその歩哨たちを撃ち、その死体を燃やした。

彼らの隅になった遺骸を含む墓は、コートジボワールの政府がその国中で間もなく開き始める少なくとも数十のものの一つだ。法務大臣は、ヨプゴンでの37を含んだ、アビジャンだけで57の墓を見つけたという。少なくとも3,000人のアイボリー人が、選挙後の5か月の暴力の間に亡くなった。

Posted By gno-eagrai 続きを読む

大陸政策は違った方向に引き入れられた - 南アフリカの外交

11月
09

プレトリアは幾つかのありそうもない運動を擁護しており、ほかの地域国家と犬猿の仲になっている

自由、民主主義、そして人権をその外交政策の中心に置いたネルソン・マンデラの下で始まった国にだけれども、南アフリカは最近幾つかのありそうもない運動を擁護している。

分断されたアフリカ連合で、ジェイコブ・ズマ大統領は、去年コートジボワールで血なまぐさい選挙後の行き詰まりを終わらせるよう妥協を探って、ローラン・バグボを支持する陣営を率いた。

今国際刑事裁判所で人道に対する罪によって審理を待っているバグボ氏は、彼がフランスに率いられた新植民地主義の陰謀の犠牲者だとプレトリアを説得した。

しかし、南アフリカの位置は、国連に認められた結果によれば、投票で選ばれた(現大統領の)アラサン・ワタラとそれを対立させた。

ほかの地域大国の裏庭をもてあそんで大陸のタブーを踏みつけているそれはまた、プレトリアをナイジェリアや西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)と犬猿の仲にしている。

リビアのこととなると、南アフリカの位置はさらに混乱していた。

Posted By gno-eagrai 続きを読む

議論を呼ぶ任命 - アフリカ連合

7月
30

アフリカで最も強力なクラブの最高位は、南アフリカ人の下へ行った

4回にわたる投票の結果、南アフリカの内務大臣ヌコサザナ・ドラミニ=ズマは、最終的にアフリカ連合(AU)の54か国中37の承認を受けてAU委員会の議長に7月15日に選ばれた。その汎アフリカクラブは、これまで通り、現在ベナンのヤイ・ボニが務めるように、儀式的に毎年国家元首によって議長が務められるだろうが、今後4年間はドラミニ=ズマ女史が実質的にその催し物を取り仕切る。彼女の元夫ジェイコブ・ズマの下にある南アフリカの与党アフリカ民族会議(ANC)は喜びを表した。

ドラミニ=ズマ女史は、その地位についた最初の女性で最初の南アフリカ人だ。彼女は国際的な舞台で洗練された実行者だ。そして彼女の任命は、その組織が今年の初めに2008年以来AUを運営している中国系の元ガボン外務大臣のジャン・ピンの後継者を選ぶのに失敗した後のレイムダック期間を終わらせる。

63歳のANCの猛者ドラミニ=ズマ女史は、1994年に多数派ルールが到来して以来、南アフリカの大臣だ。彼女の経歴には、醜聞や不正はない。ネルソン・マンデラの下で最初の黒人健康大臣として、彼女はHIV/AIDSの「魔術的」治療を裏書きし、薬物管理機関が抗議された時それを追い求めたとして非難された。

Posted By gno-eagrai 続きを読む

西アフリカの宝石はその輝きを取り戻せるのか - コートジボアール

6月
07

不快な内戦が終わってから1年後に、アラサン・ワタラ大統領は平和を恒久的なものにしようと苦闘している

誇り高いコートジボワール人が合意できる一つのことは、去年内戦がなかったということだ。フランス語圏アフリカの主要国はそのようなことを言わない。代わりに、政治家、兵士、そして国民は、彼らが単に選挙後の危機を我慢しただけだと主張する。

2010年11月の選挙での敗北のあとで、ローラン・バグボ大統領は優雅に去ることを拒絶し、彼の宮殿に退却した。続く4か月間で彼を引きずり出すには、迫撃砲の決闘、戦車の戦い、そして武装ヘリからの弾幕を必要とした。3,000人以上の人々が亡くなり、100万人が家を追われた。武装集団が国中に群がるにつれ、金融制度は崩壊した。これは、先の反乱の後でコートジボワールが半分を費やした10年を仕上げた。国連が無人の地となった緩衝地帯を警備した。しかし、まったく、それは小康状態以上のものではなかった。

Posted By gno-eagrai 続きを読む

仕事に戻る - コートジボワールの回復

7月
18

新しい指導者はゆっくりと進んでいる。

アラサン・ワタラが、去年の11月の紛糾した苦い選挙の後、ついに大統領を宣言した2ヶ月後、政府は秩序を回復し、アビジャンはゆっくりと日常に戻りつつある。5ヶ月間の内紛により道に散らばった死体やがれきは片付けられた。商業首都の道路で運転手から習慣的に賄賂をとっていた警察は、くぼみを埋めたり街灯を直したりする労働者にとって替わられた。「これは良いスタートだ。」一人の労働者は語る。「我々は国中で光を灯している。」

しかし平和は壊れやすい。元IMF副部長のワタラ氏は、まだ立場が固まっていない。彼は、その先任者で彼が(国連などの保証を受けた)公式な差である54%対46%で破ったローラン・バグボを、彼に忠実な反乱軍が最後には田舎から襲ってきたということだけで、追放することができた。それはフランスを始めとした国連軍の力を借りたものだった。

コートジボワールは南北の断層線に沿ってまだ分割されている。ワタラ氏は、以前には新軍として知られていた彼の寄せ集めの武装集団を共和国軍、もしくはFRCIとすることを布告した。当面は、彼らが正規軍とみなされるようだ。ワタラ氏がこの2つのライヴァル軍を統合するのか、共和国軍を国軍の基礎とするのか、それとも最初から作り直すのかははっきりしない。これは少し不安を催す。

Posted By gno-eagrai 続きを読む
ローラン・バグボ を購読