東日本大震災

3重の恐怖 - 日本の津波

4月
11

書評 波に直面して:津波を追っての旅 グレーテル・エーリッヒ著

Facing the Wave : A Journey in the Wake of the Tsunami  BY Gretel Ehrlich

2年前、日本は破壊的な津波の引き金を引いた強い地震に襲われた。今、人間と環境の被害の冷静な計算がやってくる。アメリカ人作家のグレーテル・エーリッヒは、地震の3か月後に本州の東北沿岸に飛んだ。日本の詩と仏教哲学の学生だった彼女は、「その波に直面し生き残った人々に会う」ことに惹きつけられた。彼女の本の読者は、鋭い目を通して破壊を目撃できる。

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一木二鳥 - 日本の林業

4月
09

日本での天然と人造の災害を緩和する提案

3月11日は、日本で1.85万人の命を奪った津波から2周年だ。よいニュースはわずかだ。ほぼ31.5万人の避難者が依然として仮設住宅に住んでおり、新しい家を必要としている。

違った種類の苦しみが、毎年この時期に約2,000万人(人口の1/6)にのしかかっており、苦悩でいっぱいではないけれども、小さな数字ではない。2月の終わりから5月まで、彼らはほとんどが杉が原因である花粉アレルギーに耐える。くしゃみ、目のかゆみ、そして巨額の医療費を伴うその悩みの種は、ふつう、しょうがない、と言って無視される。

しかし、家の再建の役にも立ちうる、アレルギーを緩和する方法が見つかるかもしれない。それは、日本の森林の約40%を占め今そのほとんどが非経済的だとして放棄されている、杉やほかの針葉樹の植林をまばらにすることを伴うだろう。その木材は、失われた村を回復し、美しくするのにつかわれうる。

杉は、破壊された町や村を再建するための素材として、戦後に日本中で植えられた。まっすぐで高い杉は建設に理想的だ。しかし、関税が下げられた後に、輸入材が杉の事業を成り立たなくした。

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日本 一年後

3月
13

水は引いている。日本の北東部がマグニチュード9.0の地震と40メートルの津波に襲われてから1年がたち、写真家が破壊の後の忘れられない写真を撮った沿岸の村は、今では奇妙な落ち着きを発している。車はもはや今にも倒れそうな建物の上にぶら下がってはいない。破壊された漁船のねじれた外殻は、下町の道から引きずられている。

日本社会の並外れた回復力と団結は、その国が1年前に襲った地震、津波、破損した原発という空前の3重苦に取り組むのを助けている。少なくとも2万人の人々が亡くなり、数えきれない家や家財道具が破壊され、多くは再建されない。当時の総理大臣、菅直人は2011年3月11日の衝撃を、日本の戦後最大の危機、と正しく表現した。

日本は、繰り返し災難から、しばしば以前よりも活気があるほどに立ち直ってきたので、多くの思慮深い日本人(と非日本人)は、その国がただ破壊された東北から生き返るだけでなく、何十年にも及ぶ社会的経済的沈滞を追い払うことを鼓舞して、去年の災難が似たような浄化作用効果を持つだろうと信じた。しかし、1年後、3月11日は待ち望まれた触媒にはなっていない。危機後の日本についてもっとも注目すべきことは、それがいかに危機前の日本に似ているかということだ。新しい通常は古い通常と多くの点で似ている。

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