Middle East and Africa

そして、勝者は… - ケニアの政治

4月
10

もし選挙が二回目に突入すれば、事態はより混乱するかもしれない

3月4日の投票日は、多くが恐れたように始まった。いくつかの沿岸地区の警察は、なたを振り回す過激派によってなぶり殺しにされた。しかし、他の所では、時に何マイルも伸びる列に並んで待ち、何百万ものケニア人が新しい大統領と多数の他の地位に忍耐強く投票した。記事の印刷時点では、その国の独立後最初の大統領の息子ウフル(「自由」)・ケニヤッタがかなりリードしていた。

半分近くの投票が数えられ、首相のライラ・オディンガは10ポイントほど負けていた。もし数日間宣言されないだろう最終結果で、対立候補がもっと近くなったり、どちらの候補者も50%以上を得ず、ゆえに決選投票の必要が出てくれば、問題が起こるかもしれない。先頭走者は、一回目の落選者に投票した人々の票を激しく得ようとするだろう。

しかし、二回目の投票が行われる前に、両側の弁護士が無効票の数え方について議論するだろう。一時は6%にもなった異常なほど高い割合の投票が、かなりが、時には政府の高官によってすらも票が間違った箱に入れられたために、無効にされた。有権者は、新しい選挙制度の下ですべて同時に、国会と新たに定められた軍議会を含んだ6つの異なった政府の階層の代表を選んだ。驚くまでもなく、混乱した人もいた。

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戦争のことを言うな - ケニアの選挙

3月
31

有権者は、あまりに近づいている大統領選挙中のトラブルへの準備ができている

金属シャッターが下り、食料の在庫は切れ、数週間分の衣類を詰めたみすぼらしいバッグがケニアの民族的にまじりあった首都のナイロビから北西の農業地帯へ続く道路の脇に並ぶ。「我々は選挙のためにここにいたくない。」ブリキと材木でできた家に鍵をかける両親を助ける15歳の少年は言う。隣人の中には、3月4日の大統領選と4月にあるかもしれない決選投票の後の暴力を恐れて、すでに立ち去ったものもいる。5年前の最後の選挙後に1,300人以上が亡くなり60万人が居場所をなくした部族衝突の後で戻っていないものもいる。彼らはほかの所で民族的飛び地に住み、2007年のカレンダーがまだ壁にかかった空の掘っ立て小屋を残している。

その当時、様々な民族集団が選挙結果について争い、彼らの指導者が全国統一政府の形成に合意するまでお互いに激しく襲いかかった。何人かのこの選挙の候補者は、5年前の暴力を組織化したとして告発され、ハーグの国際刑事裁判所(ICC)によって起訴されている。

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わが仲間(Agang)に加われ - 南アフリカ

3月
20

あるアパルトヘイトへのヴェテラン闘士が政党を始める。

「我々は、すでに占領された場所を占領するためにここにいるわけではない。」南アフリカの次の選挙を戦うだろう政党の(ソト語で「建てる」を意味する)Agangを立ち上げた1日後、マンペラ・ランペレ博士は語る。ランペレ博士は、アパルトヘイトとの戦いの女傑として賞賛され、1977年に警察に拘禁されたまま殺された黒人意識運動の指導者スティーヴ・ビコのかつての恋人だ。

その履歴は、鋭い知性、医療と学会での数えきれない成果、そして世界銀行の理事としての任期とあいまって、彼女を与党アフリカ民族会議(ANC)の信頼できる反対派にしている。しかし、政党を一から始めることは、1年を少し超えた時期の投票に多くの印象を与えることができるかということには疑いがある。

そうだとしても、ランペレ博士は、彼女の友人のヘレン・ツィレに率いられた主要野党民主同盟に参加するのを避けた。「参加するのは受け身だ。」彼女は語る。貧弱な教育から失業や汚職まで、南アフリカの多くの問題は、アパルトヘイトの受動的な犠牲者を民主主義の積極的な国民に変えることに失敗したことからきている。それは新しい方法を必要としており、ゆえに新しい政党が状況を正しくする、と彼女は論ずる。

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誘拐の恐れ - ナイジェリア

3月
20

外国企業はその社員を北部ナイジェリアに送るよう怖れるようになっているかもしれない

ナイジェリアのほとんどの外国人投資家は、利益がリスクや面倒を越えていると説明する。しかし、死に絶えるのを拒んでいるイスラム主義者反乱の上のほとばしり出る誘拐は、彼らがその国の北部に乗り出す前に再考させるかもしれない。2月16日に、アンサルと名乗るイスラム主義集団が、バウチ州のその集合住宅から、7人の外国人建設労働者を捕らえた。3日後、ナイジェリアの北東部の州ボルノからやってきたと疑われる別のイスラム民兵が、北カメルーンの国境をまたいで7人のフランス人家族を誘拐した。アンサルは、ヨーロッパ諸国がアフガニスタンやマリといった「アラーの地に対して犯罪と暴虐」を犯している、と語った。「ブラックアフリカのムスリムを守る前衛」の頭文字のアンサルは、去年だけで800人強の死に責任のある集団のボコ・ハラム(「西洋の教えは罪」)から別れたものかもしれない。アンサルは、イスラム主義者の好戦性の中心になっている北部の町のカノ周辺を拠点にしていると考えられている。それは公式にはボコ・ハラムから距離を取っているが、そのイデオロギーの多くを分かち合っている。しかしながら、それはアル=カーイダへの戦術でより近いかもしれない。

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舞台から離しておけ - ウガンダのゲイ

3月
20

ウガンダのゲイの権利は依然として笑える問題ではない

2月6日に、ウガンダの首都カンパラで働く英国人劇場監督デヴィッド・セシルは、車に投げ込まれ、最初に移民局に、それから警察署に連れて行かれ、雑居房に放り込まれた。彼はそこに5日間拘置され、それからエンテベ空港に連れて行かれ、追放された。彼の罪はホモセクシャルの主題に触れた「川と山」という喜劇の舞台を行ったことだった。彼はウガンダ人のガールフレンドと2人の子供を残した。

ホモセクシャルは、他の37のアフリカ諸国のようにウガンダでは違法であり、罪に触れることだ。ワシントンのシンクタンク宗教と公共生活についてのピュー・フォーラムによって2010年に発表された調査では、約80%のウガンダ人がホモセクシャルが道徳的に間違っていると答え、それは暴力に変わりうる意見だ。ゲイを公言しているウガンダの教師でゲイの権利活動家デヴィッド・カトーは2011年に殺された。

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ロバート・ムガベの最後の一投? - ジンバブエ

3月
20

新憲法の裏書は新しい選挙を予知するが、ロバート・ムガベと彼の党がほかの誰かが勝つことを許すかどうかは不確かだ

1年以上の停滞と非難の後で、モーガン・ツァンギライとその民主変革運動(MDC)との不幸な連立与党に閉じ込められたロバート・ムガベ大統領と彼のZanu-PF党は、3月16日に新憲法についての国民投票を開くことに合意した。すべてのジンバブエの主要政党がその文書を裏書きしたので、それが大多数によって採用されるのはほぼ確かだ。それはひいては数か月以内、確かに年末までには、総選挙と大統領選挙への道を敷いて当然だ。もしその選挙が自由で公平ならば、それらはついには89歳のムガベ氏の33年の君臨の終わりを記すかもしれない。

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王様万歳 - エチオピアを支配する

3月
15

エチオピアの新たな指導部は、英雄崇拝を実行している

20年間エチオピアを運営していた間、失われた運動からモデル生徒までのその上昇をメレス・ゼナウィがほぼ一人で行った。彼の敵でさえも、彼が人気と能力を兼ね備えていたことを認める。しばしば昼夜を問わず働き、彼は複雑な政策選択をし、それらを普通の人々に説明することができた。彼は、道路建設から反対派の抑圧まで、すべてを注意深く計画した。彼自身の逝去を除けば。

それは、57歳での病気の後に6か月前の8月20日にやってきて、その国をフラフラにした。知られているように、メレスはとても多くの権力を握っていたので、多くが彼の死が政治的混乱と経済的下降を惹き起こすだろうと心配した。彼だけが、兵士たち、金貸し、エチオピアの人々、そして西側の信頼を持っていた。

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動きだせ - アフリカの交通

3月
15

アフリカの過熱する経済は現代的な交易路を必要としている

飛行機に乗ったり海洋に乗り出したりすることがなければ、北アフリカから大陸のほかの部分へのたった一つのかなり安全な通路は、サハラの東の縁の湖の上の週に1本のフェリーだ。広大な砂漠を渡る数少ない道路は、壊れているか誘拐者が横行しているかのどちらかだ。だから、毎週月曜日の朝、大勢のターバンを巻いた移民の一群が、ナイルが堰き止められた部分であるナセル湖にある南部エジプトの町アスワンのコンクリートの埠頭に、北スーダンのワディ・ハルファへの500キロの夜行の旅のために、列をなしている。彼らはカイロから絨毯を、トリポリから梱包した冷蔵庫を、そしてアルジェで稼いだ賃金で買った自転車を持っている。すべては30メートルの長さの良い船のシナイの白い鉄の船体に積まれ、そのエンジンの周り、階段、救命ボートの下、そしてその中といったすべての表面はカバン、荷物、そして箱でおおわれている。

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協力している - ナイジェリア

3月
13

新たに統一した野党は、ナイジェリアの与党への最初の信用できる脅威を贈る

素晴らしいチームプレーのおかげで、ナイジェリアのサッカー代表チームは、2月10日に、南アフリカで開かれた2年に一度のサッカーアフリカ選手権で、1994年以来の優勝をした。本国の野党政治家や何百万もの同国人は、広く祝った。しかし、彼らはサッカー選手たちの例に倣い、チームとして機能することができるのだろうか?

数日前、野党指導者たちは、今からさらに2年の任期を務めることを計画しているかもしれないグッドラック・ジョナサン大統領の与党人民民主党(PDP)を打ち負かすことを狙って、4つのかなりの大きさの政党の合併を発表した。PDPは14年前の軍政の終わり以来権力を握っているが、不正を抑制しその国の石油の富を広げるというその約束を重んずることに繰り返し失敗している。

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ぐらつく協定 - 中央アフリカ共和国

3月
07

大統領と反乱軍との平和協定は長く続かないかもしれない

ほんのひと月前、数週間で中央アフリカ共和国のほとんどを席巻した反乱軍は、首都のバンギを落とすところで、フランソワ・ボジゼ大統領を転覆するとみられていた。今、いくつかの隣国と南アフリカからの軍隊の土壇場の介入のおかげで、ボジゼ氏は今のところ反乱軍からの代表を含んだ全国統一政府を作ることに合意して、頑張ることができている。協定の一部として、彼はその任期が2016年に終わった時、やめることに合意している。しかし、誰も平和がそれまで続くとは信じていない。

セレカ(現地語のサンゴで「同盟」を意味する)と呼ばれる派閥のごった煮の反乱軍は、ボジゼ氏が、政府を分け合いその軍を国軍に統合すると約束した2007年と08年の平和協定の条件を破ったと非難して12月初めに攻撃を開始した。その同盟は、その戦士たちがバンギから車で北東に1時間の所にあるダマラの町の郊外で止まるまでに、事実上その国の北部、中部、東部の主要都市のほとんどを占領した。

地域の指導者とアフリカ連合からの圧力にさらされて、交渉は近くのガボンの首都リーブルヴィルで行われ、土壇場の妥協につながった。反対派の指導者ニコラ・ティンガエは首相になり、反乱軍と野党や市民社会の代表を含んだ32人の厄介な内閣を率いる。

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