1066年やら何やら - 過去を教える

いかにして子供たちは歴史が教わったものと同じくらい議論を呼ぶものだというのを学ぶか

それほどまでに分裂的な学校の科目はほとんどない。英国の教育大臣マイケル・ゴーヴが2月にその国の全国カリキュラムを変える草案を発表した時、見出しになったのは彼の歴史への計画だった。ゴーヴ氏の提案は、歴史が初期ブリトン人から始まり冷戦で終わる「首尾一貫した年代順の物語として」学ばれるよう要求した。反対派は、そのシラバスが「ぜいたくな白人男」の行為を強調しすぎ、少数者のそれを控えめに表現しているという。「教育不可能、学習不可能、そして英国的ではない」と、運動団体が4月10日に大声を出した。歴史家の反対陣営は、嘆願を公開し、テレビで論争した。その撃ち合いは、来週に終わる公式調査機関を超えて続くだろう。

もくろみを持つ政治家は、しばしば歴史書を曲解して、称賛する人物をもてはやし、そうではないものたちに疑問を投げかけた。3月に、ロシアの教育大臣ドミトリー・リワノフは、80かそこら使われている教科書を取り換える新しい教科書を約束した。それは、ロシアの歴史を勝手に使い、(アレクサンドル・ソルジェニーツィンの「収容所群島」もまた学校で教えられているけれども)部分的にスターリンを許容しやすくする、ウラジーミル・プーチンの政府による努力のように見える。しかし、英国での騒ぎは、より広い帰結を持つものである、世界中の学校職員室を分断するより深くより微妙な議論を反映する。コースの内容について組打つのと同様に、父兄、教師、そして政治家は今、歴史を教える技術について議論し、その規律が何のためであるかを討議している。

40年間、ヨーロッパのほとんどの歴史教師は年代順による考え方を好んできた。歴史を一つの長い物語の広がりとして取り組むよりもむしろ、学童はその年齢に適すると考えられたトピックを探して期間を出入りするのだ。漫画、写真、そして当時の説明といった歴史的な資料をしっかり分析することは、歴史があてにならず主観的だということを強調する。英国では、このやり方は1972年に始まった教育法の見直しである学校歴史計画(SHP)から現れた。その推進者は、歴史が「知識の本体ではなく、過去から生き残った素材の塊だ」と宣言する。その考え方は、今ほとんどの英国の学童がしたがっているシラバスに影響した。

そのモデルは、他の所でもファンを持っている。ドイツの16の州の学校は、いくつかの試験委員会と400以上の異なった教科書を使っているが、歴史的資料の評価は、その国中で「教育の中核」をなしている、とヨーロッパ歴史教育者協会の協会長シルヴィア・セメットは語る。同じようにSHPに影響されたアパルトヘイト後の南アフリカの歴史シラバスは、「適切な」学習を優先事項にしている。オーストラリアの学校も同じやり方をとっている。

これらの国々の教育者の中には、この方法にますます疲れているものもいる。もっとも極端な例では、資料に基づいた歴史と技術に基づいた教育は、それ自身のための知識の価値を下げるように見えうる。西ケープ大学の教授ピーター・カラウェイは、南アフリカの子供たちはアメリカについて資本主義のプリズムを通してのみ学ぶ(11年生の章で「資本主義とUSA 1900-1940」)と指摘する。ヨーロッパの歴史はバラバラのように感じる。子供たちは第二次世界大戦について少し学ぶかもしれないが、更に学ぶのに2年待たなければならない。英国のこぼし屋は、児童たちの歴史的知識が狭まっていると不平を言う。一つの試験委員会の下で、生徒たちは歴史のGCSE(14-16歳の標準資格)でアメリカ西部の牧場主とカウボーイについて学ぶことによって40%を得ることができる。
 

興味深い時代

批判者たちはフランスやポーランドといった国々を矯正手段のために見る。そこの学生たちは学校の最終学年まで歴史を学ばなければならない。教師たちは、重要な事件の時系列の要約を通して彼らの義務を導く。児童たちは依然として当時の資料から事実と虚構をふるいにかけるが、彼らが高学年になるまでではない。彼らはまた、良い国民になることを学ぶ。フランスの子供たちは、その国の革命についてそしていかにその共和国がやっているかを学ぶ。そのカリキュラムは、国家的アイデンティティを統合する役に立つ、とパリ近くの学校のサン=ジェルマン=アン=レー国際学校のジャムス・カスカールは語る。

これらの手法は、時に退屈になりうる。インドの生徒たちは機械的に日付を覚えることについて不平を言う。しかし、事実の詰まった物語をすべて教えることは、明るい火花に焦点を当てる役に立つかもしれない。ケベックの14歳の生徒クロエ・ブランシェは、深くまでカヴァーしているカナダの歴史について学ぶことを楽しんでいる。彼女の教師は、カギとなる日付についてのそのクラスの知識を試すために、活動ノートを使う。事実は形があり手元にあるのだ。大西洋を渡った北イングランドでは、ヨークシャーの学校でその最後から二番目の年を送っているアリス・グリエーソンは、厳密に年代順のやり方で教わっていないことに喜んでいる。にもかかわらず、彼女は彼女のコースである経済史、英国社会改革についてもっとも楽しんでいる要素は、より大きな物語の文脈の中に彼女の学びを置くものだ。

たぶん、政治家は、どのやり方を彼らが好むかに関わらず、教室に影響を与える彼らの能力を過大評価している。ドイツのゲオルク・エッカート研究所のヘニング・ヒューズは、教師を囲いに入れるのが難しい南アフリカのカリキュラムを研究している。「教科書はそこでは影響を持っていない。」彼は語る。アメリカでは広い範囲の教育様式とシラバスは、彼らを統合する政府の努力を生き残っている。ドイツではドイツ民主共和国の歴史を教えることを避けているものもいる、とその国の歴史教師協会の協会長ウルリッヒ・ボンガートマンは語る。その問題は残るが、若い教師がその職業に参入しこれらの年月がますます遠くなるにつれて、それは今ではかすんでいる。

より良い教師訓練、歴史が教えられる強制年齢の延長、そして歴史の授業のためのより多くの時間は、若い英国人の教育とカリキュラムの革新の役に立つだろう。ゴーヴ氏の計画に反対するリチャード・エヴァンズは、「歴史は多くの方法で手におえないほど大きな主題だ」と語る。年代記のより良いやり方は、若い心がだらしない規律に意味を見出す役に立ちうる。熱狂的な教師はより問題だ。
 

発行日: 
2013-04-13
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