大きな押し戻し

 

無作為抽出の試験は援助が機能しているかを示すのに役に立つ
 
あなたがほこりまみれの貧しい農業経済を経営していると想像してほしい。農家は土壌を改善したいと望んでいるが、肥料がない。そこであなたは肥料工場を建てるかそれを輸入するかしなければならない。あなたはそれ故に、港、港湾労働者、会計士や法律家、それを運ぶための道路やトラック、信用を拡大するための銀行家、そして肥料を入れるためのプラスティックバッグはプラスティックと包装工場も必要とする。農民たちはそれから種と家畜を必要とする。そこであなたは、獣医、市場交易者、納屋を建てるための建設会社、そして冷蔵システムを持たなければならない。そしてあなたは農民が種をまく前にそれらをすべて持たなければならない。
 
開発では、あなたができることをすべてやるまでは何もできないようだ。それが〈ビッグプッシュ〉理論の裏にある考えだ。ポール・ローゼンシュタイン=ロダンによって概説されたこの理論は、最も単純な活動でさえも他の活動のネットワークを必要とし、個々の企業はそのような大きなネットワークを組織できないので、国や他の大きな機関が足を踏み出さなければならないという。
 
1970-80年代に、少なくともアフリカでは、公的投資と海外援助が、その多くが盗まれたためだけではなく、生産性に認識できる変化を生み出さなかったという累積した証拠としてビッグプッシュは心痛の種になった。けれども最近、その考えは流行に戻ってきた。国連は(8つの目標と21のターゲットという)ミレニアム開発目標について絶え間なく話している。コロンビア大学のジェフリー・サックスは、もし公共投資と外国援助が十分に大きければ、それらは貯蓄を加速し地元の投資を増やすことによって家計の所得を増加させると論ずる。それらはまた社会資本を改善させることによって外部投資を「押し込む」に違いない。
 
ほとんどの経済学者とは違って、サックス氏は彼の口があるところに他の人々のお金を置くことができる。彼は、2006年以来、約50万人の人々が住むアフリカの田舎の14の場所に、彼の大学とアフリカの政府による1.5億ドルの計画を行わせた〈ミレニアム・ヴィレッジ計画〉を立ち上げた。
 
その計画のモットーは「一つの介入は十分ではない。我々はそれをすべて改善しなければならない。」であり、大きな希望を運ぶ。マラウィの村を回って、国連の事務総長は、「ほんの数年前でも予測できなかったほど人間の福利を進歩させる」スマートフォンや点滴感慨といった技術の可能性を見たと語った。金融家のジョージ・ソロスはその計画に4,700万ドルを与え、それがその地域全体を変えるだろうと予測した。
 
しかし資金は、計画の利点、どれほどそれらを正しくはかるか、そして資金がなくなったときに何が起こるかといったことについての公の議論が沸騰する中につぎ込まれている。今、ケニアのサウリというその中の一つの村で行われた最初の独立した調査は、批判者がそのやりとりでよりよい立場を占めていることを示唆した。
 
計画の支持者は驚くべき結果を主張する。マラリア対策の蚊帳使用の700%増加、安全な水へのアクセスの350%の増加、小学校の給食計画の368%の増加、だ。それに近い調査では、これらの数字がそれほど劇的ではないと判明した。確かにサウリで蚊帳の中で寝る子供たちの割合は鋭く上がった。ガーナのボンサソ村でのきれいな水を得る家計の割合もそうだ。しかし、これらの改善は、その計画がなくても、いずれにしても起こっただろう。(サウリが属する地域である)ケニアのニャンザ州の蚊帳の使用も、より長い期間であろうとも、また伸びた。ガーナのアシャンティ州でのきれいな水の利用についても同様だ。
 
シンクタンクである世界開発センターのマイケル・クレメンスと世界銀行のガブリエル・デモンバインズは、いずれにしても起きていることからミレニアム計画が行っていることを解きほぐすために無作為の試験が必要になると語る。そのような試験では、それぞれの村は同じ援助を受けていない似たような村とペアになり、結果が比較されるだろう。
 
これは蜂の巣をかき回すことになる。他の批判者への辛辣な手紙の中で、サックス氏はその考えを「個人を無作為抽出するように村を無作為抽出するやり方は非常に誤った方向に導かれている。」と呼んだ。村はとても複雑で動いているので無作為抽出試験はそこでは機能しないと彼は主張する。ミレニアム・ヴィレッジを無作為に選ばれた村と比べることは「驚くほど少ししか付け加えないだろう。」正しい比較は地域や全体としての国とだ。
 
世界銀行のデヴィッド・マッケンジーはそれから棍棒を取り上げた。彼は、もし計画の影響がその支持者が主張するほど大きいのならば、それは変化する背景からすらも見分けられるべきだと指摘した。実際には、無作為抽出の試験は、単純で静態的なものだけではなく複雑で動態的な過程を評価するために(それらは正しく設計される必要があるけれども)使うことができる。そして、介入が始まった後に好みの村と他の村を比べることは、正しい意味での無作為試験ではない。(正しくは、組にした村を選び、その中から無作為に選んだ一つの組で計画を行うのだ。)
 
 
 
それが機能するのならば証明しろ
 
今、オランダのティルバーグ大学のケニア人経済学者バーナデット・ワンジャラは、その計画に対するさらなる疑問を提起した。彼女はサウリの村で恩恵を受けた無作為に選ばれた236の家計と恩恵を受けなかった無作為に選ばれた175の家計にインタヴューした。ラドボウド大学のロルダン・ムラディアンとの共同研究で、彼女は、最初のグループはその農業生産性を印象的な70%上昇をしたと結論づけた。しかし、彼女は家計の所得への影響は「重要ではなく」、ほとんど追加の貯蓄や投資はなかったことを見つけた。村人はより多くの食料を育て、それを食べたのだ。彼らの栄養状態はよくなったが、これはより広い経済には影響しなかった。
 
よりよい栄養状態はもちろん重要だ。しかし、計画の狙いは所得、消費、そして経済の多様性を増すことだ。これらの目標が達成されたかははっきりしない。(最貧の村人の所得を25%以上改善した)一人年間60ドルで、その計画はそれがなくても改善されただろう村人の生活よりもほんの少しだけ改善した。今のところ、その計画は、全戦線での進歩を行う〈ビッグプッシュ〉発展が、徐々に一歩一歩成長への特定の障害を取り除く変化を行うという他のやり方よりもよいという証拠はほとんど提供していない。
 
Economics Focus欄より
 
 
発行日: 
2011-12-03
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