崖っぷち - 中央アフリカ共和国

アフリカで最も悲惨な国の一つは、かつてないほど不安定なようだ

間違いなくアフリカで最も貧しい国である中央アフリカ共和国〈CAR〉は、今にも反乱軍に乗っ取られるところだ。北で始まった作戦の1か月後に、彼らは国中の一連の町をとり、首都のバンギから1時間の所にあるダマラでその進軍を止めている。CARの包囲された大統領フランソワ・ボジゼは、近くのガボンの首都であるリーブルヴィルでの反乱軍との交渉に参加するかどうか考えている。その考えは、選挙を保留して全国統一暫定政権を作り出すことだろう。反乱軍は、交渉の前提として彼の辞職を要求している。アフリカ連合はボジゼ氏とCARに息つく場所を与えるという妥協を勧めている。アフリカの外ではほとんどの人がかまっていない。

終わりなくクーデターや反乱によって打ちのめされている内陸のCARは、1960年にフランスから独立して以来悪政が続いている。集合的にセレカ(地元の言葉サンゴ語で「同盟」を意味する)として知られるバラバラのごった煮である反乱軍は、ボジゼ氏が、それによって反乱軍が政府に参加しその軍隊を国軍に統合するはずだった2007年と2008年の平和協定の条件を破ったという。

ボジゼ氏は2003年の短い内戦の後で権力に就いたが、2005年と11年の選挙に勝ったにもかかわらず、彼の支配は長い間揺らいでいる。彼は、反乱、山賊行為、そして隣国のチャド、スーダン、そしてコンゴ民主共和国の紛争からの流出に対処しなければならなかった。ウガンダのジョセフ・コニーに率いられた野蛮な神の抵抗軍は、CARの南東の縁に大混乱を作り出した。

ボジゼ氏は以前、彼の弱々しい軍隊を助けるために10か国の地域クラブである中部アフリカ諸国経済共同体からの外国軍を要求した。ガボンとカメルーンが今追加の軍隊を提供しているが、おそらく彼を救うには遅すぎた。

過去にはフランスがそのかつての領域に目を光らせ、景色の後ろで糸を引き、時に秩序を保つために自分の軍隊を展開したものだ。それは500人余りの兵士をバンギそばの基地に置き、1,000人かそこらのフランス人民間人がその国にいる。しかし、今回フランソワ・オランドが関与する気がないのははっきりしているようだ。アル=カーイダにつながった集団が国の半分をひったくったサハラの西の端のマリでの危機の方がはるかに深刻で、オランド氏はそこに縛られていることについて十分に神経質になっている。

CARの450万の人々のほとんどは小作農だ。豊富な木材、金、ウラン、そしてダイヤモンドにもかかわらず、政治的不安定がその国の発展を妨げている。最近出版された221の世界の主要都市での生活の質調査の中で、アメリカのコンサルタント会社マーサーは、バンギをバグダッドとわずかな差で220位に位置付けた。CARは自分で朽ち果て始めている。
 

発行日: 
2013-01-05
雑誌名: 
記事区分: 
主カテゴリー: 
キーワード: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加