別の失敗国家が手招きする - 中央アフリカ共和国

恐れと飢えがアフリカでもっとも悲劇的な国々の一つをひっくり返すよう脅かしている

フランソワーズ・コラコは、いかにしてセレカの制服を着た戦士たちが彼女の夫の頭をライフルの取っ手でつぶしたかを物語った。彼らに挑戦するかもしれない他の人のための警告として、彼のぐにゃっとした体は首都バンギの260キロ北の農村であるデコアの彼女の家の外に血まみれで置き去りにされた。中央アフリカ共和国(CAR)の言語の一つであるサンゴで「同盟」を意味するセレカは、3月にフランソワ・ボジゼを隣のカメルーンに亡命の形で追い出して以来、その国を模範的な野蛮さで支配している。これは、セレカの北にある拠点から南のバンギに3か月位にわたる侵攻の後で起こった。その途中で、その反乱軍は邪魔されることなく強姦し略奪した。

いま、政府として落ち着いた彼らは、民主主義は言うまでもなく、わずかな法と秩序すらも再び施行しているとは言い難い。前大統領の支持者と首都のボイラビ要塞にこもったその親ボジゼ派の人々を武装解除しようとするセレカの戦士たちとの間で8月20日に始まりバンギ中に広がる衝突で、少なくとも10人が死亡した。CARは失敗国家になる途中にあるのだ。

コラコ女史がその悲嘆の物語を語る時、呼応してざわめく群衆たちが彼女の周りに集まる。傷を見せるためにシャツをまくり上げるものもいる。デコアで価値のあるものはほとんどすべて盗まれた、と彼らは言う。別の村では、法廷の屋根が消えた。ドア、蝶番、そして電気配線すらもなくなった。その国中で、保護されず給与も支払われない公務員たちが逃げ出している。「法の支配も、安全保障も、国家もないのだ。」ある牧師は語る。「セレカが判事で陪審なのだ。」

デコアのセレカの戦士たちは、盗んだヤギを背中に括り付け、歓喜の声を上げながらバイクに乗って砂利道を走り回る。だぶだぶの制服を着た銃を持った中には12歳の子もいる少年たちは、バンギに向かうぬかるんだ道を旅する人から金をゆすり取る。ピーナッツやキャッサヴァの商人は、税を支払わなければならない。時に強制的な募兵で、セレカの数は2,000人から2万をかなり超えるところまで増えている。それがバンギの主要な刑務所を強襲した時、多くの収容者が参加した。

ボジゼ氏は、地域クラブの中部アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)を構成する5か国から集めれらたMicopaxとして知られる中央アフリカ共和国平和定着ミッションによって守られるはずだった。しかし、Micopaxはほとんど機能していない。「それはよく言っても役に立っていない。」ある外国援助関係者は語る。チャドからのその分遣隊の一つは、反乱軍を助けているとして非難されている。アフリカ連合(AU)は、新たな3,600人強の平和維持部隊が展開される予定だが、すぐには実現しそうもない、と語る。

バンギの北の地方都市カガ=バンドロでは、無骨なセレカの指導者のハロウ・アジーナ司令官が、地元の病院の主任医療官から徴用した家の間に合わせの机の裏に座る。「我々は権力やカネのためにそれをしているわけではない。人々のためなのだ。」彼はアラビア語で語る。彼は、子供たちを助ける国連機関のUNICEFから奪ったファイルを止めておく重しとして、机の上の貝殻を使う。セレカの人々は国連の近くの住宅を丸裸にしている。

1月にセレカの代表団は、権力共有協定に調印した隣国ガボンの首都リーブルヴィルでボジゼ氏に会った。しかし、それはすぐにボジゼ氏が真剣に受け取ることを拒絶したので挫折し、セレカがついに3月24日にバンギを征服するよう促した。ボジゼ氏自身も2003年のクーデターで権力を掌握した。

8月18日に、セレカの指導者ミシェル・ジョトディアは、正式に大統領を公言し、18か月以内に選挙を行うことを約束し、それに介入しないことも約束した。しかし、今までできたこともなくありそうもない事件である公平な選挙の可能性は、とても小さい。「我々は民主主義を信じている。」あるセレカの司令官アブデル・カディル・カリルは、彼の戦士たちが選挙のために必要な記録を破壊していると不平を言うにもかかわらず、語る。リビアの資金で建設されたバンギのホテルの最上階で銀の柄のつえをついて、カリル氏は、暴力と強奪の非難を一掃する。「ボジゼはこの国を10年間略奪した。」彼は語る。「我々は北でたくさん苦しんだ。我々は無視されたのだ。」

セレカがあらわれたのは、主としてムスリムの北だった。その地域の多くは、雨期の雨でおんぼろの道路が通れなくなり、遮断される。その動きが起こって以来、CARのムスリム少数派とキリスト教多数派の間の民族的宗教的分裂は広がっている。ジョトディア氏はその国を支配する最初のムスリムだ。キリスト教徒の商人は、そのムスリムのライヴァルが優先的な扱いを受けているという。彼らが嫌がらせを避けるためにムスリムの衣装を着ることに頼らなければならないと言うものもいる。

CARとその460万人の国民は、フランスの支配が1960年に終わって以来、反乱とクーデターによって打ちのめされている。しかし、直近の一連の不穏は、最悪の部類に入る。人道支援集団は、栄養失調と病気が広まっているという。英国の慈善団体セイヴ・ザ・チルドレンは、性的なものも含めたたくさんの虐待に直面している武装部隊へ、10万人もの子供たちが勧誘されているかもしれないと恐れている。

CARの毒が、カメルーン、コンゴ共和国、チャド、赤道ギニア、そしてガボンといった他のECCOS諸国に広がりうると恐れるものもいる。CARはまた、その地域全体で政府を侵食することに熱中しているムスリム過激派に避難所を供給しうる、と言うことも議題に上がっている。不安定のおかげで、CARの多くの部分は事実上外国援助組織が近づくことができない。ここしばらく、ウガンダの反乱軍神の抵抗軍が東に基地を持っており、今ではCARの奥地に動くことが簡単だと考えているかもしれない。「治安の真空で、それは極度に危険だ。」(COOPIとして知られる)イタリアの慈善団体コーペラツィオーネ・インテルナツィノナーレのセレナ・マンダラは語る。

セレカは、バンギの街路から武器を取り除こうとしていると言うが、銃やなたを背中に括り付けた戦士の一団が、羽根つき手榴弾を満載したピックアップトラックで走り回っている。夜の射撃は人々を泥の家の中に閉じ込める。

新政府の金庫はすでに空のようだ。首都のたった一つの銀行では、何百人もの人々が残っているものを何でも引き出すことを望んで外で待っている。コンゴ共和国からの融資は、ここ数か月で最初の給料を公務員に支払うために使われたと言われる。チャドとスーダンからの傭兵たちもまた、セレカからの支払いを要求している。それが権力を維持するたった一つの方法が横領や略奪であることは明白のようだ。

いまのところ、ジョトディア氏の脆弱な政府も外部の団体も、その国を一つに戻し始めることを証明していない。フランスの大統領フランソワ・オランドは、その国が「ソマリア化」するリスクがあり、国連の安全保障理事会とAUに救済計画を考えるよう求めている。フランスは依然としてバンギの空港に小部隊を置いているが、今のところ戦闘からは距離を置いている。1月にマリが反乱から立ち直るよう軍隊を送ったばかりのオランド氏は、別のアメリカの冒険を始めることに慎重だ。彼はますますそうするよう促されるかもしれない。
 

発行日: 
2013-08-31
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