大きな抑圧

戦後の政府は預金者の選択肢を制限することによって債務を減らした。それは今では難しい

経済危機によって残された多くの喜ばしくない遺産のうちで政府債務の山は減らすのが難しいと証明されたかもしれない。豊かな世界の至る所で、債務レヴェルがGDPの90%に達することは今では普通だ。債務超過の国々は羨ましくないメニューの選択肢に直面している。困難からの脱出は、経済が縮小するときには難しいと証明される。緊縮は、2番目で望ましくない選択だが、簡単に回復を抑える。債務不履行は最後の手段のように見える。政治家たちはより簡単な方法を探している。

別のモデルもある。第2次世界大戦後に多くの国々は厄介な債務不履行や痛みを伴う緊縮なしに債務を素早く減らした。例えば、英国は1945年にGDPの216%あった債務を10年後に136%に減らした。対照的に、5年後の2016年までに、その厳しい緊縮政策にもかかわらず、英国の債務はそのGDP比でたった3ポイントしか下がらないと予測されている。なぜ戦争直後にはそんなに簡単に債務を減らすことができたのだろう?

インフレーションが味方だった。1945年から1980年まで、マイナスの実質金利が政府債務を食べつくした。銀行預金をしていた預金者はインフレ率よりも低い金利で政府に貸していたことになる。そして政府は預金者にもともと借りた額よりも少ない額を返した。預金者はインフレ調整後の実質損失を出しており、これは政府のバランスシートの改善と対応している。謎は、なぜ預金者は長期にわたって惨めな利益を受け入れたのか、という事だ。

ピーターソン国際経済研究所のカルメン・ラインハルトとメリーランド大学のベレン・スブランシアによる最近の研究論文によると、そのゴタゴタの鍵となる要素は、「金融抑圧」だという。この言葉は1970年代に新興市場の成長抑制政策をけなすために最初に作られたが、二人の経済学者は戦後の豊かな世界で普通だった、そして政府債務のために閉じ込められた国内市場を作ったルールにそれを適用した。

ブレトン・ウッズ体制による為替レートと資本の管理は預金者が海外の高い収益を求めるのを妨げた。高い法定準備率により、銀行はその経済の貯金の多くを政府債務のような安全資産に向けるよう強いられた。銀行の貸出レートの上限は、閉じ込められた貯金が市場金利以下で政府債務に貸し出されるよう保証した。そのようなルールは、必ずしも債務の削減の容易にするために採用されたのではなかったが、その副作用はたしかに気づかれていた。その制度はどこにでもあり、それを放棄するよう政府に掛かる圧力を減らした。

抑圧は印象的な利益をもたらした。平均の「弁済年」には、実質金利がマイナスになるのだが、英国とアメリカはその債務をGDPの3-4%の間で減らした。イタリアやオーストラリアといったほかの国では、5%以上の年間弁済率を享受した。1945-55年の間に抑圧はアメリカの債務負担をGDPの116%から66%へ50ポイント減らしたと二人の著者は推計する。マイナスの実質金利は一年につきGDPの6.3%に等しい税収の価値があった。それはどんな新しい緊縮政策もなしにアメリカの予算を2013年までに余剰にするのに十分だろう。

戦後の抑圧制度を作った不安定な同じ状態はまた機能している。銀行の法定準備率は、金融危機の結果として上がっている。英国の金融サーヴィス局のような規制者は、銀行に流動性の理由でより安全な政府債券保有を増やすよう命じている。銀行資本に関わる新しいバーゼル3のルールは他の資産と比べてまだ政府債務に特権を与えており、市場金利よりも低い収益の可能性にもかかわらず政府債券保有へ向かうよう推し進めている。ラインハルト~スブランシアの先進経済の例によれば、金利も戦後の状態への回帰をほのめかしている。1981年から2007年の間に実質金利はほとんどいつもプラスだった。それ以降は、半分くらいがマイナスとなっている。

より絶望的な政府は更に先に進んでいる。アイルランドは、金融需要に合わせるために国民年金準備に手を入れた。ヨーロッパの指導者たちは、ギリシャの債務の計算を延期するために抑圧の教科書的例を議論している。ヨーロッパの銀行は、「自発的に」保有しているギリシャ国債のリプロファイルすなわち借り換えするよう国からの圧力にさらされている。新興市場はより保守的な金融システムから始めた。世界第二の経済である中国は、金融制度の模範的な鎮圧者だ。銀行制度へのきつい管理と資本移動への厳しい制限は、中国の指導者たちが通貨の価値を低く抑えることを可能にしている。中国の預金者への暗黙の税金は、たくさんの政府支出にもかかわらず、政府借入を抑えている。
 

それを適用するな

政治家は、それが投資決定の歪みを含意しているにもかかわらず、間違いなく戦後モデルの一部に魅力を感じている。幸運なことに、金融の世界はかつてよりもはるかに自由で多極的だ。ブレトン・ウッズ体制は、1970年代のインフレ圧力の中で壊れた。当時、豊かな世界は30年に渡る金融自由化の過程を開始していた。資本は今では高い収益を求めて世界中を素早く簡単に流れている。西洋の新しい規制はほとんどそれを変えることが出来なかった。中国も、その金融管理を和らげている。どのように自由化の魔人をランプの中に戻すことができるのか、というのは想像するのが難しい。

抑圧だけでも債務の苦悩を解くのには十分ではない。インフレも必要だ。そして日本の例は、高齢化社会では高齢の有権者の貯金を減らすよりもむしろ長期に渡る低成長で若い人達を犠牲にするのを好むのかもしれないことを示している。最も重要なことは、政府は新たな債務を積み上げることをやめなければならないということだ。金融抑圧された制度においても、緊縮は完全には避けられない。多くの経済ではまだ厳しい方法で債務を削減しなければならない。

Economic Focus欄より
 

発行日: 
2011-06-18
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