地味な英雄 - コンテナ

コンテナは、グローバリゼーションにとって、自由な貿易よりも、ずっと重要だった

地味な海運コンテナは、経済的悲観主義と革新の減速の恐れに対する強力な対策だ。ただの単純な金属の箱だけれども、それは世界の貿易を変えている。実際に、新たな調査は、過去50年間を通して、コンテナはすべての貿易協定よりもグローバリゼーションの駆動者だったと示唆する。

コンテナ化は、プロセスイノヴェーションの力のあかしだ。1950年代には、世界の港は依然として過去何百年間もやってきたように仕事をしていた。船が停泊すると、港湾労働者の群が、船倉に詰め込まれた「雑多な」荷物を陸揚げした。彼らはそれから、海のテトリスゲームでできるだけ効率的に仕向け荷物を詰め込んだ。その過程は高価でゆっくりだった。ほとんどの船は、海の往復よりも多くの時間を停泊に費やした。そして、泥棒がはびこっていた。港湾労働者は「1日に20ドルと持ち帰られるだけのスコッチウイスキー」を手に入れたと言われる。

コンテナ化がすべてを変えた。それは、アメリカのトラック界の大物マルコム・マクリーンの発明品だった。彼は、トラックと船の間で簡単に動かすことができる統一コンテナの中に物をつめることによって、大きな節約ができると計算した。1956年に最初の試作コンテナ船の処女航海から費用を計算した時、標準的な船の緩い荷物ではトン当たり5.83ドルだったものがたった0・36ドルになることを彼は見つけた。コンテナ化は素早く世界を征服した。1966-83の間に、地球規模貿易の離陸と同時発生的に、コンテナ港を持つ国の割合は約1%から90%近くに増加した。

コンテナの変革力は明白なように見えるが、それは、「その箱」の歴史の著者(でエコノミスト誌の元記者)のマーク・レヴィンソンの言葉によると、「定量化することが不可能」だ。実に、コンテナ化は単に下落する関税への反応かもしれないのだ。それは、欧州統合と世界貿易機関(WTO)の前身である関税と貿易に関する一般協定(GATT)の作業の結果である、地球規模の貿易障壁の抜本的な削減と同時に起こった。

しかし、ある新たな論文が一つの影響を、もう一つのものから分けることを狙う。ルンド大学のゾウヘアー・エル=サーリとノッティンガム大学のダニエル・バーンホーフェンおよびリチャード・ネラーは、157の国を1962-90年にわたって調べた。彼らは、ある国か一組の貿易相手が船や鉄道を使い始めた時(オーストリアのような内陸経済は、しばしばドイツのハンブルクのような隣国の港への鉄道経由でコンテナを運ぶことによりコンテナ時代に入った)「スイッチを入れる」一組の変数を作り出した。その研究者たちは、それから、これらの変数の貿易に対する影響を推計した。

その結果は目立った。22の先進国の組では、コンテナ化が採用後最初の5年間にわたる二国間貿易の320%の上昇と20年間にわたる790%の上昇を説明する。対照的に、二国間自由貿易協定は20年間で貿易を45%上げ、GATTへの参加は285%加えた。

何が何の原因になったかの難しい問題に取り組むために、その著者たちはその変数がコンテナ海運が実際に採用される前の数年間の貿易の流れを予想できるかを調べた。(もしある国が最終的にコンテナを採用するという事実がその採用が実際に起こった前の数年間のその貿易の成長を予想するのならば、それは「コンテナ」が貿易に飛び込んだことが、実際に既存の傾向のせいだったという証拠だろう。)しかし、それらはそうではなかった、と著者たちは言い、それはコンテナ化が貿易の推計された増加の原因になったという強い証拠を提供する。

コンテナの規格外の影響を説明するのは何なのか?削減された費用だけではない。コンテナはいくらかの初期の節約をもたらしたが、船賃は導入後それほど大きくは下がってはいない。2007年の論文で、パデュー大学の経済学者、デヴィッド・フンメルスは、1952-70年まで海運料はほとんど変わっておらず、それから石油費用とともに上がったことを見つけた。
 

それらをコンテナの中に入れろ

費用よりも重要なことは、効率性へのドミノ効果だ。1965年に、港湾労働者は貨物船に1時間たった1.7トンしか動かすことができなかった。5年後、コンテナ船員は1時間に30トン積みこむことができた。これは海運会社がより大きな船を使い、更に港で過ごす時間を減らすことができるようにした。ドアトゥドアの旅行時間は半分になり、より首尾一貫するようになった。コンテナはまた、硬直した労働力をひっくり返した。労働力需要の下落は港湾労働者の交渉力を減じ、ストライキの数を減らした。そして、コンテナは工場で詰めて封印されるので、泥棒による損失(と保険料率)は急落した。

時代を越えて、このすべてが地球規模貿易を作り直した。港は大きくなり、その数は減った。より多くの種類のものが経済的に貿易できるようになった。海運の速度と信頼性は、ジャストインタイム生産を可能にし、それはひいては、遠く離れた供給者であっても今品物を早くそして予定通りに供給できるになるにつれ、企業がより引き締まり、市場への反応がよくなるようになった。国際的供給網はまた、より入り組んで包括的になっている。ジュネーヴ大学大学院の経済学者リチャード・ボールドウィンによれば、これが中国のような新興経済の産業化を加速するのに役立ったという。貿易のつながりにより、発展途上経済は全産業を一から作り上げるよりもむしろ、単に既存の供給網に参加することができるようになった。これらのつながりがなければ、中国の奇跡は、それほど奇跡的ではなかったかもしれない。

コンテナが過去の貿易交渉よりも重要だっただけではなく、その教訓は将来の交渉の精神に焦点を当てるべきだ。各国政府がバリでのWTOの12月の会議で会う時、彼らは、規制の調和やより良い社会資本を通して関税の効率性を押し上げる努力である「貿易促進化」と呼ばれる特別な努力を行うべきだ。いくつかの推計では、これらの分野での50%の改善は、すべての残った関税の撤廃と同じくらいの利益があることを意味しうる。これは魅力的な結果ではないだろうが、大きなものはめったにないのだ。

Free Exchange欄より
 

発行日: 
2013-05-18
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