ブーツの上の砂 - マリでの介入

マリでのフランスの行動はうまくいっているように見える、今のところ

水田と漁船に囲まれて、泥でできた町のディアバリーはマリの農業の中心地にある。それはまた、モーリタニア国境からニジェール川にかかるマリの数少ない大きな橋への道を横切っており、歴史的な町のトンブクトゥへの北への裏道ともなっており、そこを戦略的十字路のようなものにしている。1月14日に、9か月以上にわたってその国の北を抑えている反乱軍兵士たちが南に押し出してその町を取り、何十台もの重機関銃を満載したピックアップトラックを道にブレーキ音を立てながら止め、行く先々でマリ軍兵士を殺している。

その反乱軍の動きは明らかに、サーヴァル作戦と呼ばれる1月11日に始まった、フランスの地上と空中での介入への反応だった。その究極の目的は、フランソワ・オランド大統領の言葉を借りれば、「マリの領土の統一性を回復する」ことで、それは去年その国の人口密度の低い北部を征服するためにトゥアレグ反乱軍と結びついたイスラム主義者群を追い出すことを意味する。

かつての宗主国フランスは、地域アフリカ軍がマリ北部を救うための司令を提供する去年の国連安全保障理事会の決議の草案を書いた。その軍がつくのが遅すぎるかもしれないという心配が数か月前に大きくなるにつれ、計画は、フランスが自分で行動するということに変わった。

しかし、1月8日にそれぞれが約150台の車両と約600人の兵士たちを持った二つの反乱部隊が南に向かうことによりその問題を押し進めた時、準備はまだ初期段階だった。2日以内に、この鋏の動きの東側がガタガタのマリ軍からコンナの町を奪い取り、マリ第二の都市である忙しい河港のモプティに向かっていた。西側のものは、マリの首都バマコに向かって更に600キロ南に向かったようだ。フランスは迅速な行動のみがそれを聖戦士たちから救うと決心した。

最初のフランスの攻撃は、チャドのンジャメナから飛ぶミラージュ2000戦闘機と、数か月前に隣のブルキナファソのワガドゥグーに慎重に事前に置かれた数機の計量ヘリコプターガゼルを利用して行われた。それは、モプティに近づく部隊をたたくには十分だったが、ガゼルは西の二つ目の部隊をたたくには航続距離が不足していた。これはのちに、フランスによりンジャメナに展開されていたより現代的なラファエルジェット機と武装したタイガー攻撃ヘリコプターによって攻撃された。

英国、カナダ、デンマーク、そして遅ればせながらアメリカの輸送機のおかげで、それ以来、フランス軍は急速に増強した。他の国々のC-17輸送機の利用は重要だった。タイガーはそれらなしでは襲い掛かることができなかった。1月23日時点で、2,300人のフランス軍が展開している。一連の悪夢のような空爆と特殊部隊による斥候活動の後で、1月21日に武装車両に乗ったフランスとマリの軍は戦闘無しでディアバリーを回復した。市民たちは反乱軍の車の焼け落ちた残骸の間で祝い、フランスの旗が華やかにはためいた。
 

長いゲームの短縮版

パリにある戦略調査財団の特別顧問のフランソワ・ヘイスブールによると、その作戦は国の南を守り聖戦士たちの攻撃を破るというその初期目的という点ではうまくいっているという。反乱軍はよく訓練されており、かなり良い装備をしており、地勢を知っているが、彼らはラファエルやタイガーを脅かすだろう洗練された肩掛け型のミサイルは持っていないようだ。反乱軍がのっとった町や村の近くの街角で戦う準備ができているという初期の報告は、今のところ裏付けられていない。しかし、モプティのそばにあり飛行場のあるセーヴァレーの町について話すマリの兵士たちには「浸透している」。

ヘイスブール氏は、今の狙いが、約1か月の間にやってくる雨期の前に反乱軍の位置をはるか北に後退させるための損害を積み上げることだと語る。後退する反乱軍を見つけるのは厄介かもしれない。誰もディアバリーからのものたちがどこにいるかを知らない。彼らは近くの同情的なものたちの家に、または西の森に、または彼らの指導者の内の何人かの故郷であるモーリタニアに隠れているかもしれない。「奴らにとって戻ってくるのはとても簡単なことだ。」あるおびえた農夫は語った。

けれども、北の砂漠では、隠れるのは難しい。ロンドンのシンクタンクの王立統合防衛安全保障研究所のジョナサン・イヤルは、平らな特徴のない地勢では、フランスのスパイ衛星は動いている10人の男たちでも見つけることができる、と語る。アメリカの長距離無人監視機も目を凝らすことができる(またその武装した兄弟機にとって良い狩場だろう)。

北の大きな三つの町のうちガオとキダルの二つと、トンブクトゥのそばの司令基地には空爆がある。ディアバリーのように、空襲の後に地上軍が続くだろう。フランスはそれらがマリ人によって率いられてほしいと思っているが、彼らはフランスの力に頼るだろう。

望みは、最も狂信的な聖戦士たちをできるだけ多く殺し、反乱軍が再結集したり勧誘したりする前にマリやその隣国からの兵士たちを北の町に駐屯させることだ。その町の住人たちはその生活を悲劇に導いたイスラム主義者たちに復讐しようとするので、フランスはまたその駐屯軍が秩序も守らないといけないかもしれないと考えている。

戦いが始まる前に軍を組織することに失敗した西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)のマリ以外の14の加盟国(とその地域のどの国よりもフランスの比率が高い軍隊を持つチャド)は、素早く外国に来ている。トーゴとナイジェリアの軍隊の中には既にバマコについているものもいる。他のアフリカ諸国からの1,600人の軍隊が今マリとニジェールにおり、全部でアフリカ諸国は5,000人以上を約束している、とフランスは語る。しかしながら、西側諸国は財務、兵站、そして運輸で助けなければならないだろう。フランスの高官たちは、その軍の資金のための3.4億ユーロ(4.52億ドル)を探るだろう1月29日のエチオピアでのアフリカ連合の会議で、支援者たちが気前よく与えるよう促している。

2月の中ごろまでに500人強のEUからの軍事訓練ミッションがつくと予想されるが、NATOからも、まさにそのような偶発事件のために設計された現在ポーランド、ドイツ、そしてフランスによって供給されている約1,500の混合部隊である「バトルグループ」を持つEUからも直接的な軍事支援の提案をまだ受けていない。アメリカからの空中給油の助けも問題だ。フランスはアメリカにそのジェット機が距離をカヴァーするのを助けるために3隻のタンカーを頼んでいるが、それらはまだ提供されていない。さらなるイライラの素は、アメリカがC-17の費用をフランスが支払わなければならないだろうと言った時に起こった。彼らはそれ以来和らいでおり、無料でいくらかを提供した。

いつものように、入ることは出ていくことよりも簡単だと証明されるかもしれない。1月13日にフランス外相のローラン・ファビウスはフランスの存在は「数週間」の問題だと語った。今、彼はそれが数か月だろうと認める。オランド氏はその軍隊が「必要なだけ」そこにいるだろうと語る。ヘイスブール氏はフランスがほとんどずっと戦っていないけれどもチャドに45年間いると注記する(そしてその基地は役に立つようになっている)。

それはそれほど悪くなくて当然だ。マリの政府と軍隊は人気がない。ディアバリーの信心深いムスリムは、車が検問所で止まらなかった16人の伝道者を兵士たちが射撃した去年、恐れおののいた。トゥアレグは軍を信用しそうもない。しかし、ほとんどのマリ人は北の反乱軍に対しての武装行動を支持しそうだ。そして世俗のトゥアレグ軍はイスラム主義者とたもとを分かち、政府と取引する準備ができている。

これは、特にそれが動きを保てば特に勝ちうる対反乱戦だ。初期の成功は打ち立てられうる。1月22日に数十台のフランス軍戦車と装甲車の一団が北のディアバリーに向かっており、そして多分その向こうに行く。
 

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