昇進と自己宣伝 - 女性教授の嘆くべき不足

女性は、自身を十分に引用しないので、地位を得るのに失敗するのかもしれない

学界の欠陥の一つは、その講義室や大学院は女性で満ちているが、その組織の上の方ではそうではないということだ。しばしば、これは科学に特有な現象だとみなされる。例えば、アメリカの国立科学財団によって2008年に発表された報告は、ほとんどの科学と技術の分野で男性の正教授は女性のそれに対してほぼ4対1の割合で数が多いことを見つけた。実際、その不釣り合いは森全体に当てはまる。アメリカ大学教授協会による2006年の別の報告は、芸術、人文、そして社会科学の学部でも同じ割合を見つけた。

観察者は、その原因についての見解で別れている。強力な男性が権力のある地位にほかの男性を昇進させるにつれ、その制度の男性社会が単に浸透するのだ、と考えるものもいる。女性はよりしばしば子育てのためにキャリアのはしごから降り、そうして職場復帰した時に昇進への厳しい競争で不利益を抱えこむと信じるものもいる。(ふつうよく引用される数学、物理、そして工学といった)いくつかの科目の最高水準で、男性の脳が女性のものよりも必要とされているものにより調和していそうだという考えにこだわってすらいうものもいる。2005年に当時ハーヴァード大学の学長だったラリー・サマーズが敢えてそれを支持するいくつかの研究を示唆した時に大衆に丸焼きにされたのを見て、ほとんどがその特有の意見については口をつぐんではいるが。

サン・ディエゴのカリフォルニア大学のバーバラ・ウォルターは、しかしながら、4つ目の説明を提示する。女性学者は十分に出しゃばりではないというものだ。特に、男性同僚とは違って、彼女たちは論文発表の時に自身の以前の研究を繰り返し引用することをしない、と彼女は述べる。論文引用頻度はその重要性の指標であり、それは計測できるので委員会任命の時に重みを置かれる傾向にあるので、女性が組織的に自己引用をしたがらないことは、彼女たちに対するバランスを傾けるのを助けるかもしれない。

女性学者が男性学者よりも自己引用しないかどうか試すために、ウォルター博士とその同僚は、彼女たち自身の分野である政治科学の上位12の査読論文の中で1980-2006年の間に発表された3,000以上の論文を見直した。彼女たちは二つのことを探した。著者の性別(すべて女性、すべて男性、そして混合にグループ分けした)と、後にそれぞれの論文が受けた引用数だ。彼女らはそれぞれの記事が少なくとも引用を集めるのに5年間あるように、2006年の終わりで情報収集を止めた(彼女たちは2012年に数えた)。

インターナショナル・オーガニゼーション誌に掲載されたばかりのその結果は、どの論文も、平均して25回引用されたことを示す。しかしながら、男性ばかりの著者による論文は女性ばかりのものよりも5回多く引用された。一部には、これは男性が女性よりも自身を多く引用したためだ。しかし、ウォルター博士はまた、男性がほかの男性を見込みよりも多く引用したことを示し、だから、任命委員会がとったかもしれない明白な救済活動である、引用数計算からの自己引用の除外は、その問題を完全には正していないだろう。

ウォルター博士は、自己引用の性による傾向が違うことについて何の正式な研究もしていないが、これらの発見を発表した会議で取り上げられたその逸話的な証拠は、女性は自己引用を自己宣伝の形態だとみなしており、故にそれを見下しているのだ、と言うものだ。男性もそれを同じように見ているが、異なった結論を見出した。記録として、「Walter, B」を参照したウォルター博士の論文はゼロだった。
 

発行日: 
2013-08-31
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