デリーと深く青き海の間に - 「クーデター」後のモルディヴ

ライヴァル指導者たちは言い争い、インドからの支援を競う

大統領のうち片方は間違っていなければならない。モルディヴの支配者、ワヒード・ハサンは、早期の選挙ほど彼を喜ばせるものはないだろうと言う。「モルディヴは今、かつてないほど民主的だ。」彼は、5月14日のデリーへの最初の外遊の間にしゃべりたてた。固く握手を交わし、身なりの良い赤いネクタイをし、目をまっすぐ見つめて、彼は明日陽気に投票に行くだろうと語った。もし彼が混乱した列島の憲法と残念なほど気が進まない連立相手にそうすることを妨害されなければ。

注目を集める彼の前任者のモハメド・ナシードは、首都のマレからのキーキー言う電話線を通して、ばかげたことだと退ける。「我々は選挙を必要としている。それは彼の連立相手とは何の関係もない。ただ彼の問題だ。」(前副大統領の)ハッサン氏は、やめることができたが、彼の反対派をつぶすのに時間をかけることを好む。ほとんどが野党労働者の600人程度の人々が、過去数か月で逮捕されている、とナシード氏は不平を言う。野党の国会議員は離反を誘導されている。政治犯経験者のナシード氏は、彼が間もなく牢獄に戻ると考えていると語る。月日が流れるにつれ、公正な投票への機会はかすむ、と彼は語る。「私は真剣に、選挙が全く行われないのではないかと疑っている。」

民主主義は、その小さな(人口約40万とたくさんのハネムーンツアリスト)イスラム教の島国でほとんど根を張る機会がなかった。ナシード氏の言い分では、モルディヴの政治的幸運はアラブの春の前兆になったという。2008年に、史上初の多党制選挙で、マウムーン・アブドル・ガユームの30年にわたる独裁的支配を終わらせた。リベラルなナシード氏に率いられた連立政権の下で、その国はほかの国、特にインドの助けを得て一連の地方選挙を行い、安定に向かって手探りをした。

それから、2月7日に、ナシード氏は、裁判所や警察とのけんかの後に記者会見を開き、辞職すると語った。彼がまだ維持している決定は彼に銃口を突き付けた。事実上、それはガユーム氏の友人によるクーデターだった。ナシード氏の政治的幸運以上のものが問題となっているかもしれない。宗教的原理主義が悪化しているかもしれない、と彼は主張し、今週軍にその兵隊のひげを伸ばすよう命じたイスラム省を名指しした。「それはその最後の封印だ。それはとても象徴的だ。」独裁制が徐々に戻ってくるかもしれない。彼はハサン氏がガユーム氏の手先になっていると非難して警告する。

しかし、ハサン氏の事件についての反論に、少なくとも同じくらいインドは耳を傾けた。彼は、中国がインドにとってかわってモルディヴで支配的な軍事的アクターになるという先の示唆と同じように、イスラム原理主義の考えは単なるデマだと語る。新しい大統領は、例えばテレビやラジオ放送を国の管理から自由にしたりして、自分自身のリベラルの証明をしている。ガユーム氏の影響は、連立相手としての、単に型通りのものだと彼は語る。ハサン氏はまた、起こっていることがクーデターだという考えを退ける。彼は、(予測不能との評判を持っている)ナシード氏との関係は、連立を保つにはあまりに緊張したものだったと長く証明されてきた、と語る。

インドは、今度は、既成事実を受け入れる準備ができているように見える。マレの政府は、より多くのインド人観光客や投資家を望んでおり、政治的確実性ではないとしても、安定を約束する。ハサン氏は少しうぬぼれが強いように聞こえるが、今週、「インドは我々に憲法に反して何かするようにはさせない。」と語り、それが早期の選挙を主張しないということを言った。そして、インドはモルディヴの「内政に関与」しない、とデリーのインド政府報道官は語る。そして、それだから、ナシード氏は、「率直にそれは我々の仕事ではない」ので、彼自身の戦いをしなければならないだろう、と彼は続けた。
 

発行日: 
2012-05-19
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