生活を消す - ミシシッピ・デルタ

南部農村での衝撃的な過疎化率

グリーンヴィルの大通りにある、古典的なポーチコ、高くあげられた丸天井、そしてキラキラしたステンドグラスを持つ堂々としたシナゴーグは、数百人の礼拝者を収容するために、1906年に建設された。最近の良い週には、金曜の礼拝には12人があらわれ、その中の数人は90歳代だ、とある管理人は語る。宗教教育のための四つの教室は、今、たった3人の子供たちを満たしているだけだ。あとのユダヤ人共同体は、亡くなったか、その郡のより豊かなほかの部分に流れ出た。

ミシシッピの肥沃な沖積平野とアーカンソーとルイジアナのそれに隣接する部分である、デルタを後にしているのは、ユダヤ人だけではない。1940年以来、その地域の人口は、ほとんど半分に減っている。いくつかの郡では、それよりさらに減っている。それは、その国中での加速する傾向のもっとも目立った例になっている。過去2年にわたって、アメリカ農村部の総人口は、ほんの小さな数字であるけれども、1970年代に国勢調査局が追跡を始めて以来初めて減っている。全部で1,976のうち1,261という、農村郡の多数は、人口が減っている。

2000-10年の間だけでも、グリーンヴィルはその住民の17%を失った。町の中心を取り囲む貧しい黒人地区では、ガタガタの「ショットガン」ハウスの多くが放棄され、そのふさがれた窓やドアは、世話をされていないつる植物によりほぼ完全に覆い隠されている。町の中心自身は、入っている店よりも空っぽの店の方が多く、ほとんど衰退している。ミシシッピから町を守っている堤防の上では、「デルタの心と魂」と読める大きく書かれた文字がかすんでいる。

それは、その地域を通して同じだ。川をアーカンソー川に渡ってすぐの所にあるチコット郡の行政と商業の中心であるレイク・ヴィレッジの終生の住民であるサム・エンジェルは、町の店が賃金を使うのに熱心な農業労働者の人だかりを賄うために金曜と土曜の夜10時まで開いていた時を思い出すことができる。今、そこにはほとんどまったく店がない。一つの薬局、2つの銀行、そして何軒かの法律事務所が、お決まりの質屋や酒屋と並んであるだけだ。農場の仕事もまた消えている。何百人もの労働者がかつてはその家族が盛る土地での草取り、主格、綿花加工に必要とされていたのに、機械が今ではその仕事のほとんどすべてをする、とエンジェル氏は言及する。機械化が、畑での骨の折れる仕事から逃げ出したいという欲求とあいまって、1940-70年代の移民の第1波を促した。

より最近には、地元の工場が、海外との競争に圧倒されて、閉鎖している。別のデルタの町のグリーンウッドは、とりわけピアノ、ファスナー、そしてタイヤ工場を失った。チコット郡は、いくつかのナマズ養殖場、ひとつのナマズのえさ工場、そして手袋工場を失った。いくつかのカジノ(二つが船上で一つが乾燥地にある)が、グリーンヴィルの復活のいくらかの望みをもたらした。しかし、その一つは最近閉鎖され、他のものは住民が望んだほどの訪問者や収入を町にもたらしていない。

デルタは、奴隷制度の遺産で、これらの停滞の前からすでに貧しかった。最も深刻な過疎化に悩んでいるイサケナ郡は、1860年にたった587人の白人に対して7,224人の奴隷がいた。今のその総人口は1,386人だ。彼らの平均所得はミシシッピ全体の水準の半分である1万ドルを少し超えるところで、人口の40%が貧困線以下で生活している。失業率は17%で、全国平均の倍以上だ。郡全体で(農場以外に)10の民間事業があり、たった99人を雇っているだけだ。地域全体のように、それは低い教育率と高い肥満や糖尿病の率に苦しんでいる。

「デルタをさらに貧しくなどできない。」開発機関のデルタ地域局の合同局長のクリストファー・マシンギルは語る。その一部として、人々はタンザニアよりも低い平均寿命だ、と彼は語る。他の地域はまだ適切な衛生設備を持っていない。代わりに、永続的に貧しい場所は、人々がより良い生活を求めて去るにつれて、自然に高い水準の人口流出を経験する、と農業省のジョン・クロマティは語る。それは単に職の欠如だけではない、とミシシッピ大学のジョン・グリーンは指摘する。介護のような開業可能な分野で訓練された人々でさえも、その家族により良い学校とより大きな機会を提供するために、彼らはむしろ引っ越すだろう。

地元の高官たちは、デルタ経済の復活について楽観的に話す。マシンギル氏は、その地域の安い労働力、大量の土地、そして潤沢な天然資源のおかげで、製造業の復活を予言する。しかし、現地の事業家は、貧弱な医療と教育のために、デルタの労働者は標準に達していない、と不平を言う。例えば、レイク・ヴィレッジのエンジェル氏は、彼の機織り機に配置するために、地元の人たちよりもむしろ巡回するメキシコ人労働者を雇うのを好む。さらに、農村地域での製造業は、思うに外国との競争にもっとも脆弱な種のロウテクになりがちなので、近年特にきつい衰退に苦しんでいる。

望みを、その地域からの多くのブルースミュージシャンや市民権活動家に結び付けた観光にかけている人たちもいる。グリーンヴィルの下町で依然として開いている数少ない事業のうちの一つジムズカフェの所有者ガス・ジョンソンは、その町が最近始めた毎年開催される辛いタマレスの祭に現れ始めている比較的大勢の人たちについて、興奮して話す。しかし、デルタのみすぼらしく半分放置された町は、必ずしも魅力的ではない。そして、観光での職は、給料があまりよくない傾向にある、とデルタ州立大学のスティーヴン・キングは語る。

長期的には、デルタがその地位を回復するには、教育が劇的に改善されなければならない、とグリーンウッドからの上院議員デヴィッド・ジョーダンは語る。しかし、課税基盤の小さい苦労するデルタの郡や町は、学校のための資金を調達するのが難しいとみている。ミシシッピ州よりも学生一人当たりの教育費に費やしていない州は4つしかない。それは、貧しい郡に追加資金を向ける法を持っているが、それに集められておらず、過去4年間で10億ドルもっとも貧乏な場所をだましている、とジョーダン氏は不平を言う。その地域と連邦レヴェルのすべての州で、教育と開発のための予算は貧弱になっている、とマシンギル氏は認める。

ジョーダン氏は、何十年もさかのぼることができる公的な無視の傾向を見ている。グリーンウッドの黒人市民が市政府の中で正しい存在感を確保するのに、何度も法廷闘争をした、と彼は語る。彼の見方では、依然として欠点がある。数年前、家の中で夜間に発砲されたものがおり、彼は警察の調査に満足していないのだ。それから彼はその子供たちについて話し始める。4人全員が大学に行き二人が博士だ、と彼は誇り高く言う。誰もデルタに住んでいない。
 

発行日: 
2013-06-08
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