モンゴルのサンドウィッチ

 

商業論理と大衆の感情との間の闘争
 
国はその友人を選ぶが、隣人はそうではない。モンゴルには隣人がたった2つしかない。中国とロシアだ。どちらも大きく、そしてどちらも歴史上の異なった期間にそこを支配したものだ。ソ連崩壊後の20年はかつて16番目のソヴィエト共和国と呼ばれたモンゴルは、完全な主権の行使を満喫している。そしてそれは、その豊富な鉱物の採掘により、衝撃的な数10年間の目を見張るような成長を期待している。しかし、その最大の市場は、モンゴルが生み出すことのできる限りの銅、石炭、金などの鉱物を幸せに食い尽くすだろう中国だ。そしてその他の市場へのたった一つの代替ルートはロシアを通るものだ。その天然資源の豊かさは新しい運動の自由を買って当然だが、多くのモンゴル人は、それが商業的従属に等しい新しい型の依存につながるのではないかと恐れている。
 
それは政府の立場ではない。外務副大臣のTsogtbaartar Damdinは、モンゴルはその隣人たちと「とても幸せ」にやっていると主張する。その国は「このサンドウィッチをとても美味しくする緩衝材で具だ。」しかし、色とりどりの売り込みにもかかわらず、モンゴルはまた、他の世界に友人を作るという「第三の隣人」政策を持っている。これは、この場合2つでは十分ではないことを示唆している。
 
普通のモンゴル人は、更に、特に中国と中国人に対して熱心ではない。世界主義的なリベラル派でさえもその南の隣人をあからさまに軽蔑する。多くは首都のウランバートルや鉱山での建設ブームを維持するために必要な中国人労働派は、隔離した人生を送るか、一人の中国人工場管理者は警察に行っても頼りにならないまま繰り返し路上で打たれるという。中華レストランの中には韓国人のふりをしているものもいる。
 
この敵意の理由は、直接には明らかではない。経済的つながりは栄えており、2,000人以上のモンゴル人が中国で勉強している。1911年に滅亡した満州族の清朝のもとで中国がモンゴルを残酷に統治したのは事実だ。多くの中国人はスターリンが中国のモンゴルに対する主権をだまし取ったと感じている。しかし、中国は権利要求を主張しておらず、フビライ・ハンまで戻って中国が実際にはモンゴルの一部だったと論ずることはできない。
 
中国には(580万人)モンゴルの(280万人)倍近いモンゴル人が住んでおり、そのうち400万人程度は、彼らが人口の1/6をなしている内モンゴル自治区に住んでいる。しかし、1990年代の「凡モンゴル人主義」の束の間の突風の後で、漢民族のくびきのもとでの彼らの民族的同胞の苦境に対する民族主義的情熱は、かなり水を浴びせられたようだ。漢民族の運転手の石炭輸送車がモンゴル族の牛飼いを轢き殺したと伝えられる事件の後で、今年の5月に内モンゴルで抗議が起こった時、モンゴル国内での反応は静かなものだった。
 
中国は時々弱い者いじめをする。2002年に、ソ連崩壊後にチベット仏教が復活したモンゴルにダライ・ラマが訪れた時、中国は憤慨して国境に近づいている。しかし、過去の記憶以上に、未来に対する恐れが、モンゴル人を中国人に対して心配にさせている。広大で貧しく人のまばらな土地にとって30年以上に渡って急発展している、人口と経済において450倍以上の隣人への心配は、おそらく避けられない。中国はモンゴルの輸出の80%以上を買い、その輸入のほぼ半分を供給する。
 
その心配は発端の採鉱ブームによって鋭くなっている。中国の需要を満たすため、数百の小さな鉱山が開発されているのとは別に、2つの巨大な計画がモンゴルを変えるだろう。オユ・トルゴイの銅と金の鉱山は、2013年に始める予定だ。別のタヴァン・トルゴイでは、石炭の生産が年間1,600万トンから2040年までに膨大な2.4億トンにまで拡大するよう計画された。どちらも中国と国境を接する南ゴビ州にある。それらは中国の大騒ぎの都会化の貪欲な需要を満たすのに役立つだろう。
 
ゴビの北に位置するウランバートルからは、まるで南部が中国に統合されているようにたやすく見て取れる。その計画への供給は国境をまたいでやってきて、鉱山からの産出はすぐに戻っていく。近くの中国だけでなく、ロシアや東モンゴルへも同様に新しい鉄道を引く野心的な計画が公表されている。そこから韓国や日本の市場へとアクセスするだろう。経済学者の中には、中国の需要独占による価格競争力の喪失への恐れにもかかわらず、これは意味をなさないと論ずるものもいる。鉄道の軌道すらも議論になる。中国の鉄道網へ切れ目なくつながるだろう南への狭軌が明白な選択肢となり、そしてその計画のために働く一人が言うにはそれが採用されている。しかし、ソ連の作ったシベリア鉄道は広軌だ。
 
ロシアとの関係は改善している。キリル文字に変わってモンゴル文字を生き返らせる努力は、70年に渡るソヴィエトの優位を次第に小さくした。ロシア、もしくはソ連は、その国が中国に吸収されそうだったときには、少なくとも名目的なモンゴルの独立を保つのに功績がある。しかし、疑いはなかなか消えない。今夏、ロシアからの輸入が途絶えたため、モンゴルはディーゼル不足になった。公式な理由は国内供給の不足だった。多くのモンゴル人は中国型の政治的圧力だと疑っている。
 
 
 
良い友人は良い隣人になれるか?
 
だから、第三の隣人を欲することは理解できる。Tsogtbaartar氏は最も多くのモンゴル人の国外居住者がいるのは中国でもロシアでもなく韓国だと指摘する。次にアメリカが来る。家族が中心の民主主義と鉱物の宝箱があれば元気であるモンゴルは、イラク・アフガンの両戦争に軍隊を送る貢献をした強い西側の同盟国だ。その資質を測るのに、今週の中頃まで、ドイツのアンゲラ・メルケルは10月12日の訪問のために、依然としてヨーロッパの危機を捨ておくつもりだった、という事がある。今では、ドイツの法廷が誘拐の罪で拘束されたモンゴル人の高級役人を開放したことにより、よりスムーズになるだろう。モンゴルは隣人が足りないかもしれないが、全世界はその友人になりたいと思っている。
 
Banyan欄より
 
 
発行日: 
2011-10-08
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