帰国世代 - アフリカ経済

フロンティア経済の急成長にひかれて、アフリカの俊英たちが西洋を去り、ビジネスが沸き立つ本国に帰っている
 
石油の豊かなアフリカの国であるチャドは、はびこる不正、綺麗ではない水、少ない舗装道路、ついたりつかなかったりする電気などの状態にある。それは、ワシントンに拠点を置く非営利の平和のための基金による、2011年失敗国家指標によると、ソマリアに次いで、世界で2番目に機能していない国に位置づけられている。つまり、チャドは、ビジネスをするには悪夢のような場所のように見える。あなたがセネガルのダカールにある民間資本管理会社で、今まで約7,200万ドルをアフリカの金融機関、農業、鉱山に投資してきた先進金融投資グループのパパ・マディアウ・ンディアエ(45)やパトリス・バッカー(44)でなければ。その基金のCEOで創業者でもあるンディアエや最高執行責任者のバッカーはハーヴァード大学で新入生として最高の友人となり、JPモルガンで一緒に働いて以来、どのように金持ちになるか構想を練ってきた。その何十年か後、去年の彼らのもっとも魅力的な見通しは、チャドでの銀行だった。「それは低いところになっている果物みたいなものだ。」と、アフリカでの投資環境を描写してンディアエ氏は語る。「そこには競争はない。もしあなたが自分が何をしているのか知っていれば、それは富紘帯だ。」
 
そのような巨大なニーズがある困難を抱えた地域での機会である富紘帯は、急成長する集団によってますます探しだされている。それは西洋で何年も生活し、働き、勉強したあとで、帰国したアフリカ人たちだ。まだ小さな副次的文化ではあるが、ウォール街やロンドンのシティ、そして他の金融の中心での野心的な経歴を中止したアフリカの幹部たちは大陸中で力になり、その衝撃はその数をはるかに上回っている。帰国することによって彼らと他の人々は、西洋へ向かって明るい見通し、良い教育、そして立派な仕事を探し、外国に永遠にとどまったアフリカ人の世代に反抗している。何百万ものアフリカ人家族が、町の清掃夫から物理学者に至るまで、様々な型で外国で働く親類からの送金によって活動し続けている。今では、経済見通しと、いくつかの場合アフリカで改善する政治的安定という、どちらも西洋で衰えつつあるものを見て、これらの親類たちの中には、母国に帰ったほうが良いという結論に達したものもいる。「若い上流の流動的な人たちが帰国する契機になっている。」と数年に渡るロンドンでの勤務経験があるナイジェリア人ビジネスアナリストのロラケ・アキノラは語る。「我々は自分自身を帰国世代と呼ぶ。」
 
その世代は、二つの衝突する力の産物だ。一つ目は、アメリカやヨーロッパでのたくさんの失業につながり、俊英でさえも雇用見通しが鈍くなった2008年の世界経済危機だ。もうひとつは、その多くがアフリカで見られる商品価格の急騰だ。これが新規投資を大陸に引き込み、成長を押し上げた。その上昇はいくつかの国で起こった、新しい産業を民間投資に開放するという規制緩和と、リベリアやルワンダといった場所で暴力的な紛争を終わらせる交渉によって助けられた。マッキンゼーによる去年の報告では、2000年から2008年までのアフリカの年間経済成長率は80年代や90年代のペースの倍以上となる4.9%で、しばらくは、その中産階級の成長のように続きそうだ。その報告が言うには、2020年までには、その大陸での消費者支出は、1.4兆ドルに達する。「最近のトレンドが続くのならば、アフリカは世界経済の中でますます重要な役割を演ずるだろう。」とそれは記す。
 
これらの市場を突破しようとする会社は、地元の専門知識を奪い合っている。それは特に西洋での職務経験のある才能のあるアフリカ人の争奪戦を引き起こした。「我々と働く良い人材を見つけるたびに、他者も彼らの気をひこうとたくさんの仕事を申し出る。」と、去年カサブランカに初めてのアフリカ事務所を開いたボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の執行部長、パトリック・デュポーは語る。彼は、BCGが、何人かは20代後半で西洋では必ず「ガラスの天井にぶつかる」だろうと恐れているアフリカ人たちを、ヨーロッパやアメリカから連れてきていると語る。対照的に、「ここでは多くの人々がトップまで上ることができると考え、そしてそれは彼らにとって実現可能なことだ。」と彼は語る。
 
47歳のガーナ人で、4歳の時に家族と共に英国に移ってきたソロモン・アサモアは、たしかにそれを信じている。アサモアは、ロンドンのHSBCで数年働き、その後、彼がンディアエに力を貸したワシントンの世界銀行に参加した。その二人は、アフリカ近代化できるかもしれないビジネス立ち上げを含む、将来の夢の計画を調査し始めたが、彼らの夢が通るとは信じられなかった。2007年にアサモアはついにナイジェリアのラゴスに移り、発電所、道路、鉄道といったアフリカのひどい社会資本のニーズに焦点を当てた地元の投資会社のアフリカ金融会社で最高投資責任者になった。アサモアにとってラゴスの自宅にディーゼル発電機で電力供給するといった、アフリカでの生活の厳しい面は、そこでどれだけお金を稼げるかということの手がかりになる。ナイジェリアの新大統領グッドラック・ジョナサンは、何百もの電力会社の間に強烈な契約競争を引き起こし、1.35億人のナイジェリア人に電力を供給することを彼の最重要課題に挙げている。「会社は参入にヨダレを垂らしている。」と、その会社が社会資本会社に投資しているアサモアは語る。「たとえ電力がなくてもナイジェリアは年率7%で成長している。」彼は語る。「その国のほとんどが電力を持つようになったとき、何が起こるか想像できるかい?」
 
早く動く大陸で、素早く新しい機会に飛びつくことは、ンディアエとアサモアが2000年に短いビジネストリップをしたナイジェリアで学んだことだと彼らは言う。「我々は、そこに40万の電話線しかなく、携帯電話サーヴィスがなかったことを理解して、のらくらしていた。」とンディアエは語る。4ヶ月以内に2つの携帯電話会社が開業した。今では、ナイジェリアには8,300万台の携帯電話があり、アフリカ最大の市場だ。仲間たちはまた、何千もの帰国世代を含む、アフリカの急増する中産階級のニーズを利用することを狙った数えきれない新しい見通しに目を向けている。そのような人々は、「最新のテレビから、良いヨーグルトまであらゆる種類のものを欲する」とアサモアは語る。ンデアエは、アメリカでの数年間に彼とバッカーとアサモアは「ラテンアメリカやアジアでのM&A取引について、そしてそれがいつになったらアフリカで起きるのだろうという話をしたものだ。我々はそれは恐らく我々が70歳になった頃だろうと計算した。」と語った。
 
それより何十年も早く、その3人の仲間たちはブームに乗っている。彼らは6月にリスボンで開かれた、53のアフリカ諸国が所属する貸付機関であるアフリカ開発銀行の年次総会に集まった。タイム誌がンディアエの贅沢なホテルのスイートルームで彼らの人生について語るためにあった時、あつらえのスーツとタイでゆったりし、成功者の写真のようだった。彼らは、その銀行の年次総会が、鉱山や食品加工のためのサーヴィスといった彼らが投資している産業での取引を偵察し、一緒に働いたり雇ったりする新しい才能を探すのに鍵となる場所となっていると語る。私が彼らに26歳のアンゴラ人で去年の12月にロサンゼルスのカリフォルニア大学を卒業し、今ではアンゴラのルアンダで環境コンサルタント会社を経営しているヘルダー・ジャーディン・バルサにあったところだと伝えた時、ンディアエはペンを握りバルサの番号を尋ねた。「我々はいつも探しているのだ。」と彼は言う。
 
実際、何年にもわたって懐疑的な若いアフリカ人移住者に本国に帰るよう説得を試みた後で、ンディアエ、バッカー、アサモアは、リスボンでのもののような会議で、動くべきかどうかについての助言を求める若い能力のあるアフリカ人に群がられているという。関心が凄まじいので、ンディアエは、なかには帰国したときに丁重な扱いを予想しているものもいる若いアフリカ人の期待を踏み固めようとし始めていると語る。「私は彼らに、誰もあなたを空港まで出迎えて”ああ、あなたはハーヴァード出身なのか?どの大臣ポストがほしいんだい?”などと聞いたりしない、と教えている。」と、ハーヴァードで学位をとった後、ペンシルヴェニア大学ウォートンビジネススクールでMBAをとったンディアエは語る。「今では同じDNAを持ったとても多くの人たちが成功のために戦っている。」と彼は言う。にもかかわらず、ほとんどの帰国者はヨーロッパやアメリカの金融業界に残ったアフリカ人よりも早くキャリアを進めている、とそのグループは主張する。そして彼らはどちらの選択肢がより説得的なのかについて疑問を持たない。「これは私の人生の中でもっともうきうきし、興味深く、興奮させられ、そしてまたがっかりさせられることだ。」とアサモアは語る。
 
多くの外国にいるアフリカ人に休止を与えるのは、帰国のがっかりする部分だ。約2,000人の銀行員や幹部がパネルディスカッションに参加し、取引の交渉をしたアフリカ開発銀行の総会での楽天的な調子にもかかわらず、そこで何人かの若いアフリカ人が、金融資本や社会資本、そして基本的な中産階級にとっての利点が欠如しているといった、帰国に際して彼らが直面するであろうことにくじかれて思いとどまるのだ、と私に語った。27歳の背が高く痩せたフランス系マリ人でコートジボワールで育ち、2012年のハーヴァードビジネススクールの学生であるチェイック・ササンコウアは、次にどこへ行くべきか比較考察し始めていると語る。彼は、マリの首都バマコでの家族経営の空調事業に参加するか、アフリカの大企業に勤めるか考えている。彼はまた、アフリカで民間投資会社に入ることにも興味を持っているが、ヴェンチャー投資が少ないことに不満を持っているという。「銀行はただ役に立っていないんだ。」彼は語る。
 
全く、アフリカ開発銀行の年次開発有効性調査は、その大陸におけるビジネスの悩みの種の一覧を提供する。その中には、アフリカ諸国間の貿易はたった10?12%で残りは、ヨーロッパ、アメリカ、中国、そして他の国(その多くは一次産品)とのものである、というものがある。経済学者と援助関係者は、もしアフリカの域内貿易を増加させれば、電力や水といった希少なより良く分け合うことができ、アフリカビジネスのための顧客の数を大きく増やすことができるだろうと論ずる。空港は広がりすぎ、時代遅れだ。海港は設備不足だ。道路はほとんど舗装されておらず、多くは通行できない。先進国では長い間当然のこととされて来た、電力をどこでも使えるようにするには、アフリカでは後何十年かかかるだろう。帰国世代の楽観主義にもかかわらず、その報告は、「アフリカのビジネスは、過剰でうまく設計されていない規制、金融への限られたアクセス、契約を守らせたり所有権を守ったりする法制度の欠如といったようなことにより、抑制される。」と記す。
 
その問題は十分に真実を突いている。しかし、今のところ、誰もンディアエ、バッカー、そしてアサモアに、そのアフリカでのキャリアをやめさせ、西洋に帰らせてはいない。良いフロンティア投資家のように、彼らは、地に足がついた人々は、最高の機会を最初に捕まえると主張する。「あなたはこれをニューヨークやワシントンでは実現できず、そしてただ最高を望むだけだ。」と、断続的な停電、悪い道、そして他の日々の障害といったものがない西洋のほうが、退屈であるにしても、人生はより簡単だ、と認めるンディアエは語る。「アフリカはみんなのためのものではない。」彼は語る。「実際それはほんの僅かな人々のためのものだ。それは楽しみの中の一部だ。」背後で発電機が唸る中で、彼は夢のための資金を期待する別の見込みのある起業家の事業計画のページをめくる。
 
Africa欄より
 
 
発行日: 
2011-08-15
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