権力のはかなさ

権力者は長くそこにとどまらない

もし左右の党派が何かに同意すれば、それはその権力がより集中しているということだ。オキュパイ・ウォール・ストリート型は全く強力な1%に対してデモをする。ティーパーティーたちはコスモポリタンエリートに対して怒る。2000年のアル・ゴアの大統領選挙戦はへたくそだったかもしれないが、彼の選挙スローガン「人々対権力者」は21世紀の政治を定義している。

なぜかを見るのは簡単だ。金融危機の間に、政府は銀行自身の愚劣さと強欲さの帰結からそれらを助けるためにたくさんの公的資金を使った。銀行員たちは直ちに自分たち自身に巨額のボーナスを払うことに戻った。多くの国で不平等が増している。中産階級が押しつぶされ貧しいものが足の下で踏みつけられるにつれ、金持ちは次第に豊かになる。ヘッジファンドの実力者とカジノ王はアメリカの選挙を揺り動かすのに富を使う。そして最高裁は彼らに使い続けるよう言うのだ。

そのようなものは、権力の人気のある見方だ。モイセス・ナイムはそれが戯言だという。元ヴェネズエラの閣僚で今ではシンクタンクのカーネギー国際平和財団に籍を置くナイム氏は、「権力の終わり:The End of Power」の中で、固い権力ピラミッドは崩壊していると力強く論ずる。小さな権力者たちが、いかに大きな権力者たちをくじくかを学んでいる。規模の経済や長期にわたる関係といった、かつては内部者を守っていた障壁は消え失せている。

1950-60年代に、法人の世界は巨人の陰謀団に支配されていた。アメリカの車や放送は「ビッグ・スリー」に、国際的石油は「7人姉妹」に。社会学者のチャールズ・ライト・ミルズは、アメリカがわずかなエリートによって支配されていると不平を言った。経済学者のJ.K.ガルブレイスは、ロシアによって行われている国家計画とGMによって行われている法人計画には大きな違いはないと論じた。

現在の法人世界もほとんど違いがない。時間は圧縮されている。グーグルは1998年に設立されたが、今では世界最大の会社の一つだ。地理もまたきつくなっている。ガルブレイスの時代のだれが世界最大の飛行機メーカーの一つがブラジルのもの(エンブラエル)だと、または最も革新的な衣料ブランドの一つがスペインのもの(ザラ)だと推測しただろう?1980年に、その産業の上位5つにいた会社が5年間でそこから落ちる可能性はたった10%しかなかった。18年後、その可能性は25%に上がっている。

社長たちもまた、より短い時間しか実権を握っていない。平均的なアメリカの社長在任期間は、1990年代の約10年から現在の5.5年に下がっている。失望させたものは、説明を求められた。S&P500の会社のCEOの約80%は引退の前に追い出される。社長たちは資本主義制度の中からの批判者の成長する大群に直面しなければならない。アップルの社長ティム・クックが起こった投資家によってこき下ろされたやり方を見ろ。彼らはまた、外部からの批判者の成長する大群にも直面する。銀行さえも、金利操作(バークレイズ)、資金洗浄(HSBC)、そしてイランとの不正取引(スタンダード・チャータード)といった罪に小言を言われる。

同じ傾向がどの地位でも繰り返されている。政治を見てみる。2012年にOECD34か国中たった4か国だけしか議会で絶対多数を持っていなかった。オランダでは、2010年に4か月を政府なしで費やした。ベルギーは2010-11年に541日間それなしだった。既存政党は、英国の独立党やイタリアのベッペ・グリッロの5つ星運動といった新興政党に場所を奪われている。彼らはまた、超国家的と地域的の両方で競合する権力の中心に制約されている。または労働組織を見てみる。アメリカでは、大きな労働者の影響力は、大企業のそれよりも早く衰えている。民間部門の組合組織率は1950年に40%だったものが今では7%以下になっている。AFL-CIOといった古い労働貴族はサーヴィス従業員国際組合といった新興勢力の挑戦を受けている。

なぜ権力はよりはかなくなっているのか?ナイム氏は、確かにヒエラルキーを侵食したもっとも明白な力であるインターネットのせいにするのを、あまりに控えている。彼は代わりに三つの革命を指摘する。「より多く(more)」「流動性(mobility)」、そして「精神性(mentality)」だ。世界のGDPは1950年以来5倍になっており、だからより多くの人々がかつてないほどにより多くのことに接続している。人々はより流動的だ。国連の推計では、世界には2.14億人の移民がおり、20年前よりも37%多い。人々はまた、より自分で決める(またはエゴイスティクだ)。サウジアラビアでさえも、結婚の20%は離婚に終わる。

ナイム氏の議論には明白は反論がある。無秩序だと考えられたインターネットは、今では5つの大企業によって支配されている(国が采配を振るう中国を除く)。銀行や会計会社の間では、世紀の変わり目よりもその権力はより集中している。アマゾンとイーベイは1950年代のどの大手小売りよりも支配的になっているかもしれない。
 

汝ら強大な者よ、私の仕事を見物し、そして絶望せよ

しかし、ナイム氏はそれらの反論への良い反論を持っている。彼の議論は、会社が縮小しているということではなく、それらがより脆弱になっているということだ。インターネットの巨人は、GMやシアーズを何十年もトップの座に就かせ続けた規模の経済に頼ることはできない。むしろ、彼らはその製品を革新し続け、そのブランドを流行であり続けさせるために絶えず苦労しなければならない。さもなければより俊敏な新参者に食べられる。強力な人々はかつてほど保証もされていない。上位1%の構成は、CEOがその職を失い、若い敏腕家が年長者をしのぐように、絶え間なく変わっている。

ナイム氏は、強いものに説明させ続け、普通の人々に機会を提供する反権力革命をほめたたえる。しかし、彼は否定的な面も見る。権力がより滑りやすくなれば、世界はより短期的な動機づけによって支配され、替わり続ける恐れがある。政治家は、気候変動といった長期的な問題に取り組むのに失敗している。会社は生き残りに苦闘する以外にほとんど考えることができない。にもかかわらず、ポピュリストが正しく1%が本当に世界を支配したら、さらに悪いだろう。
 

発行日: 
2013-03-16
雑誌名: 
記事区分: 
主地域: 
主カテゴリー: 
キーワード: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加