公共選択の声 - ジェームズ・ブキャナン

1月9日に亡くなったジェームズ・ブキャナンは、政治的意思決定を示した

アメリカ人が議会よりも好ましいと判断するものの中には、調査会社のパブリック・ポリシー・ポーリングによると、大腸内視鏡検査、歯根管、シラミ、そしてフランスがあった。アメリカは、経済危機から政治的麻痺に至るまで、よろめいているように見える。それは、1月9日に93歳で亡くなった、ノーベル賞受賞経済学者で「公共選択論」の設計者であるジェームズ・ブキャナンにとってはほとんど驚きではなかっただろう。

ブキャナン氏は彼の分野で外れ値だった。彼は、政治哲学の真剣な繁栄のために、その職業が奉ずる複雑なモデルや数学を避けた(それにより彼を誤って軽量級だと退けるものもいる)。テネシー生まれの彼は、北東部のエリートを信用せず、彼の経歴のほとんどをヴァージニアの大学で過ごした。彼は、彼が深く主観的な問題だとみなしていた経済的費用といった変数への経済学の普通の扱いに挑戦した。彼は、啓蒙主義者の立場から100%の相続税といった異端を採用した。しかし、彼のもっとも偉大な貢献は、政治経済学の領域だった。

国の機構についての彼の関心は、その増加する重要性を反映した。産業化以前の時代の最小限の役割から、20世紀が進むにつれ、リヴァイアサンが経済活動の帯を支配するようになった。国家安全保障の要求が部分的な責任がある。無節操な事業の実践から大不況のトラウマに至るまでの市場の失敗への政府の反応もまたその一部を担った。国への需要が増すにつれ、その行動を理解する必要も増した。

ブキャナン氏は、国が仕事をできるものなのかを疑う経済学者の小さな集団の一人だった。例えば社会全体が好むだろう物よりも多くの汚染を生み出して、自由な市場は失敗するかもしれない。それは、汚染に対する税のような、福祉を改善する政府の介入の潜在性を作り出す。しかし、政府がそれをうまくやるかどうかについては何の保証もない。介入が正当化されるかどうかは、政府の役人が公的な義務の感覚と同様に自己利益によって動機づけられているかによる、とブキャナンは指摘した。政策選択の賛否を検討することには、彼が「ロマンスなしの政治」と呼んだ位置である、政府の行動の感情的ではない見方が必要になる。これを探求する中で、彼は公共選択論を作り出す役に立った。

公共選択経済学は、政府の人物たちは単なる人だと仮定する。彼らは気高い公僕として行動するよりもむしろ、自分たち自身に注意することを予想されて当然だ。これは皮肉(で明白だという人もいるかもしれない)なやり方だが、有益なものだ。ジョン・メイナード・ケインズは、大きな政府債務が停滞する経済を押し上げうると結論付けるのに、その通りだ、というかもしれない。しかし、ブキャナン氏は、そのような議論が、政府の債務を埋めるために税金はあげられるべきだという「昔の財政宗教」のゆっくりとした侵食につながると説明する。政治家はもはや新たな支出を高い税金と結びつける圧力を感じることがないので、これは支出をより政治的な費用の少ないものにする。彼が正しく予言したように、それは持続する大きな財政赤字と増える債務の時代につながるだろう。

公共選択分析は、今ではそれを通して政府の行動がみられるレンズを素早く提供した。例えば、立法者は、小さな集団に利益を与えるが一般的な公共への価値は疑わしい方法を通すために同僚と取引の「なれ合いをする」かもしれない。政府は、企業が政府の特権や独占権を通して財務的収入を得ようとする「レントシーキング」に悩まされる。例えば、建設会社は民間事業を求める代わりに、政府契約のための活動に時間を費やすかもしれない。それは、最後には特権が認められた企業の資源だけでなく、同じ資格のために競争したほかの会社の資源も吸収する。レントシーキングへの機会が広がるにつれ、それらは民間部門での生産的な活動から資源を吸い上げ、政府の施しのための競争へ向かう。公共選択論は、国の役割の拡大に警告と注意を勧める。

それはまた、政治的陰謀に抵抗する方法にヒントを与える。汚染を例にとってみる。ハーヴァード大学のロバート・スタヴィンスは、炭素排出を制限するために、多くの経済学者が好む単純な炭素税に対して、キャップ・アンド・トレード政策を好むと論ずる。彼の理由付けは、立法者が産業にえさを与えることは避けられないということだ。キャップ・アンド・トレード制度の下では、彼らはある利益への炭素許可を競売で売るよりもむしろ自由に贈与することによってそうする。しかし、それは法の排出削減力を変えない。対照的に、炭素税への控除を与えることは、その環境的利益を弱めるだろう。

アメリカの、「財政の崖」と債務の天井についての瀬戸際政策でさえも、公共選択論の応用として理解できるかもしれない。合理的な自己利益が政治家たちを終わりなき停滞に導くとき、政策立案者たちがそれらに直面するのに他の選択肢を持たなければ、厳しい選択がよりなされそうだ。政策の期限切れと締め切りのパレードは、ワシントンが自己利益を政策行動に変えるための努力の一部だ。
 

強い憲法

そのような挿話は、政治家の立場にはほとんど何もしないが、それらは民主主義の中で効率的な意思決定と同意による統治の必要の間に存在するトレードオフを反映する。ゴードン・タロックとの共著で代表作の「公共選択の理論―合意の経済論理」の中で、ブキャナン氏は政治的意思決定を2つの段階に分ける。最初のルール設定もしくは「本質的な」段階と、それに続くいつものような政治段階だ。民主的な制度は、もし広い合意が基本的なルールの公平性の上に存在するのならば、毒々しい政治にもかかわらず正統性を維持しうる。ブキャナン氏は、この点に関して、アメリカとヨーロッパの姿勢を区別し、「立憲民主主義では人々は政府よりも憲法に忠誠心を持つ」と注記した。アメリカの政治は混乱しているが、その組織は大事にされている。

Free Exchange欄より 
 

発行日: 
2013-01-19
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