下にある富 - ザンビア、ジンバブエ、ボツワナ

商品は、潜在的にはの未来にとって最大の脅威だ

北ザンビアを2つに分けるグレート・ノース・ロード上のエアコンの効いた車の後ろから、アフリカが豊かでよく統治されるようになりうると論じることは簡単だ。その国の道路制度はとても良いので、多くの訪問者は車を借り、自分で運転する。警察は優しく、休息所はたくさんある。同じことアフリカは南部アフリカの多くで当てはまる。舗装道路は肥沃なサヴァンナと開けた砂漠にわたってすべての方向に広がる。

ほとんどの道路はその下に埋まっていたものを元手に作られている。鉱物と金属の富だ。1世紀以上前にセシル・ローズが到着して以来、現地の採掘者は巨万の富を生み出し、来るべきアフロ楽観主義を起こさせている。植民地時代の鉄道から現代的空港まで、公的社会資本はこの資源の富がなければ存在しないだろう。タンザニアの南西国境から車で1日のカッパーベルトの中央で、1895年以来銅が掘られている。煙を吐く精錬所とスラグ置き場の山が町の向こうに現れる。高電圧電線と2車線の道が田舎を切り裂いている。「最初の子は弁護士になってほしいんだ。」鉱山の警備をする3人の子の父親は言う。「できると思うんだ。」

全国の銅生産は、最近40年来の記録を破り、政府が2つの発電所と3つの大学を建設すると発表するのに十分なほどの収入を生み出している。鉱業課税からの政府所得は2012年に25%増えた。大陸中で、資源収入によって政府予算は上がっている。商品は、間接的な利益を入れずに、アフリカのGDP成長の1/3を生み出すと推計される。特に中国からの、多くの国外居住の採鉱者は、最後には他の職業に就き、技能、連絡先、そして資本をより広げる。例えば、中国人商人は、ザンビアの鶏肉市場を支配するようになっている。

中国人たちは、以前にもザンビアに殺到した。1970年代初め最初の商品好況の間に、毛沢東がタンザニアからの鉄道路線に資金を出した。しかし、その利益は、国境の両側で役人によって管理に失敗され、使い果たされた。今回は違うかもしれない。過去のどのアフリカの資源好況も民主化と一緒に来たことはない。1970年代は、社会主義者と独裁者が影響力を持っていた。1990年代に選挙がより広く行われるようになると、商品価格は冷え込み、投資すべきお金は無くなった。今回は、すべてが一緒に来ている。ザンビアやほかの国での民主主義は栄えており、価格は高く、経済的管理は改善している。

アフリカの経済はすべてが商品であるわけではない。それは、2007-08の金融危機の間にはっきりするようになった。アフリカの成長率は、国内需要が持ち上げたので、他の所ほど下がらなかった。しかし、その大陸は自身を世界経済全体から切り離すことはできなかった。ザンビアでは、いま、その国の輸出の80%を占める銅にすべての目が向けられている。一つのカナダの鉱山会社ファースト・クォンタムが、その国の税収の15%を生み出している。農業はせいぜいだらだら続くだけで、その政府は離れた地域の高速道路のようなかつてないほどに高価な計画に自身で関与している。世界の銅需要が下がり、価格が最近の記録的水準から落ちたら何が起こるのか?カッパーベルトの州都ンドラは答えを知っている。たった10年前、好況の合間に、ンドラはゴーストタウンだった。1970年代に建てられた大きいが衰えているサヴォイ・ホテルは、しばらく閉まっていた。今再開していても、その所有者は改装を拒絶する。現在の好況がどれだけ続くかなんて誰がわかるものか?

商品は、有名なことに、複雑な恩恵だ。多くのアフリカ諸国は、好況によって膨れた所得に頼っており、現実的ではない期待を上げている。その指導者たちは神経質に国際市場の価格を見る。さらに、地価の多すぎる富は、エリートを強欲にする。隣のジンバブエが一番の例だ。それはその将来の悲劇を電報で知らせる。ジンバブエの首都ハラレに向かうバスに乗る前に、運転手はザンビアのショッピングモールで安い中国製の靴を買い、国境を越えてそれを密輸するためにカバンの中に忍ばせた。反対側では、それは珍しいぜいたく品だ。
 

ピーナッツとダイヤモンド

ジンバブエの経済は、その通貨とともに崩壊している。店はドル紙幣を使う。アメリカの硬貨がないので、彼らはお釣りの代わりにピーナッツの袋を与える。その国のGDPは異常な鉱物の富にもかかわらず、30年前とほとんど同じだ。その地下は、ボーキサイト、石炭、ダイヤモンド、金、プラチナ、そしてニッケルでいっぱいだ。鉱業は依然として続いているが、普通の人々にはほとんど利益をもたらしていない。ダイヤモンド鉱山は、ロバート・ムガベの党を支えるために、治安維持部隊によって経営されている。

多くの外国投資家は、特に国有化を恐れて、回避する。その政府は、外国人や白人の所有する事業から株を取ることによってその国を「力づける」と主張する。それは10年以上前に農場から始まり、今ではほとんどすべての経済部門に介入する。大臣のサヴィアー・カスクウェレは、ロンドン証券取引所に上場する会社の子会社ミモサの株を彼が個人的に接収する会議に、記者を喜んで招待する。

温和な手でさえも、商品は問題となりうる。ジンバブエの隣国ボツワナは、アフリカで最も古い機能している植民地後の複数政党民主主義国だ。そして、ダイヤモンド鉱山からの所得は、人口のほぼ半分に中産階級の生活を供給するのに十分なほど広くいきわたっている。しかし、すべての鉱山は最後にはなくなり、ボツワナのものはあと20年もないかもしれない。その政府はすでにそれに対処するために行動を起こしており、世界最大のダイヤモンド会社デ・ビアスを説得してその世界的取引業務をロンドンからボツワナの眠たい首都ハボロネに移す。最後の国内鉱山が閉鎖した長く後にも、ボツワナ人のチームは依然として空港近くの密閉された部屋に座り、世界中から流れ込む大量のダイヤモンドを分類する。にもかかわらず、多くのアフリカの政府は、その経済を多様化するのが難しいと考えている。状況が良い一方で、商品のほとんどを作るのはあまりに魅力的すぎる。

Emerging Africa欄より
 

発行日: 
2013-03-02
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