中国からの稲妻

中国周辺で、熱は上がり続けている

その勃興により平穏さが増すと考えている新興国にとって、中国は警告すべき数の前線で侵略ではないかと疑われることに従事している。インドは、合意された国境のないジャンムー・カシミール州のラダックを中国から分かつ「実効支配線〈LAC〉」のインド側19キロの所に、中国軍兵士がキャンプを立ち上げているという。日本は、中国の海洋監視船が毎日東シナ海の紛糾している尖閣諸島の周りをまわっていると報告する。そして4月26日に、中国はフィリピンに、いくつかの場合は何十年もそこに至りあったりする南シナ海のかなりの島や礁から「すべての国民や設備を引き揚げる」よう要求した。これらすべての事例で、中国はいくらかの正当性を持って挑発に反応しているのだと主張する。しかしながら、それは、ますます不安を持つ隣国にとって慰めとはならない。

その三つの領域紛争のうち、多くに驚きを持って捉えられたのは、インドとの再燃だ。二つの長い国境が争われている。東では、中国は、1962年の血なまぐさい懲罰戦争で、今ではチベット南部のアルナーチャル・プラデーシュ州であるものの一部を簡単に占領した。西では、スイスの大きさの高原であるアクサイチンが中国に占領されているが、インドによってラダックの一部だと主張されている。両方の場所で、両側からの警備がしばしば反対側がその領域だとみなしているところに迷い込む。しかしながら、彼らは、中国軍兵士が今回の侵入でしたようにテントを立てたりはしない。それは、1986年以来、国境のどちら側でも最も深刻な対立だ。そのにらみ合いの後で、貿易やほかのつながりに集中したので、両国はそのけんかを棚上げし、LACの境界についての終わりなき交渉に入ることに同意した。政治的解決への10年前の運動は、砂漠に衝突した。しかし、どちら側もその問題を無理に推し進めることに興味を持っていなかった。

今、とりわけ中国がほかの紛争に巻き込まれているとき、そしてその地域が北朝鮮の突飛な好戦性のために緊張しているとき、中国がさらにほかのけんかを生き返らせたいと思って当然だというのは理解できないように見える。中国はもちろん、その兵士たちがLACの内側にいると主張して、そのようなことをしているというのを否定する。しかしながら、それはあおられたと感じているかもしれない。インド人防衛アナリストアジャイ・シュクラは、インド軍が「中印国境への第3のうねり」と彼が呼ぶものを引き受けていることを指摘している。前の二つは、1962年の戦争につながった1950年代後半のものと、現在の行き詰まりにつながっている1986年のものだ。今、再び、インドはアルナーチャル・プラデーシュとアクサイチンに兵士、武器、社会資本を増し、その存在感を「厚くしている」、とシュクラ氏は語る。

だから、中国は、インドが去年の11月に引き継いだ新指導部の経験不足と他の前線で中国が受けている圧力の両方を利用していると感じているかもしれない。それはまた、日本とそれが中国が釣魚島と呼んでいるものに対する「扇動」について似たような疑念を持っているかもしれない。その島周辺への警備は、去年の9月に民間地主からそのうちの3つの島を買って「国有化」しないようにという警告を日本が無視したことにより刺激された。

より最近の4月終わりに、10席の日本の船が約80人の右翼活動家を乗せてその島に向かった。そして、日本の安倍晋三内閣の閣僚が、高位の戦争犯罪者が戦死者とともに祀られている靖国神社を訪問することによって、中国を怒らせた。中国の反応の一部は、尖閣が台湾やチベットのようにそれを巡って戦争をするかもしれない「核心的利益」の一つだと繰り返したことだった。2009年にバラク・オバマとともに署名した共同声明の中で、アメリカと中国はお互いの革新的利益を尊重することを約束した。

フィリピンに紛糾中の島から引き揚げるように言った要求もまた、フィリピンが中国とのその議論を国際海洋法裁判所に持ち込んだことへの反応だった。中国は、海洋法は島の周りの領海と排他的経済水域について決めるが、それはそれらについての主権については何も言っていないと正しく指摘する。

その問題で、中国は自分の見方を押し付けようとしているようだ。フィリピンへの口での攻撃に加え、それは今週パラセル諸島の周りの観光クルーズを始めた。これはさらに、1974年にその島から立ち退かされたヴェトナムによって主張されている。中国のフィリピンやヴェトナムとのけんかは、海におけるその多くの紛争の中で最も活発だ。しかし、3月の終わりに、それはまた、1930年代のあいまいな地図上の主張である中国の拡張的な「九段線」の南の端の、ブルネイとマレーシアが領有主張しているところに、海軍艦隊を送ることによって、これらの国も敵に回した。

個別には、中国の行動は異なった圧力に対する実際的な反応とみなしうる。しかし、まとめてみると、それらは二つの危険をもたらす。一つ目に、それらは中国が、将来の交渉や紛争のためにその地位を強化するために新しい「土地(海)への事実」を打ち立てようとする、調和的な作戦に乗り出しているように見えるようにする。よりありそうなのは、それらがほとんど反対のことを示すことだ。つまり、中国の外交政策責任者は、同時発生的な憤激に、調整され等級づけられた反応をする力が欠如しているということだ。その敵を一つづつ狙い撃つよりもむしろ、中国はそれらをすべて一度に引き受けている。攻撃的な新興国の印象は、取り除くのが難しい。
 

事故は起こる

二つ目の危険は、偶発的な紛争だ。中国も他のどの関わる国も、これらの議論が暴力につながることを望んでいない。しかしいつでも現地司令官による計算違いが予測できないほどに盛り上がる危険がいつでもある。尖閣諸島では特に、アメリカの高官は伸びすぎて緊張した船長たちと戦闘機パイロットたちがミスを避けることができるかどうかについて心配している。アメリカは日本を守る義務を持った条約を結んでおり、尖閣の主権についてどのような立場もとらないが、条約の適用範囲であるということを繰り返し言っている。母国の神聖な領域を守るために自身を犠牲にする一人の火付け役のパイロットがその関与を試せば、完全に予見できない帰結となるだろう。

Banyan欄より
 

発行日: 
2013-05-04
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