勇敢な新しい提案 - チベット政策

高官の中には少なくともチベットについての政策に疑問を持ち始めているものもいるという歓迎すべき兆候

中国外部で共産党のチベット政策が機能していると考えているものはほとんどいない。経済的開発と政治的抑圧の組み合わせは、チベット人を中国の支配に甘んじさせ、その亡命中の精神的指導者ダライ・ラマへの彼らの忠誠を捨てさせるつもりだった。代わりに、特に若者の間で、不満は依然として充満している。そして、中国のすべてのチベット人地区で、チベット人たちは依然として、時にはおおっぴらに、ダライ・ラマの肖像を掲げている。2011年3月以来、特に中国人がチベット自治区(TAR)と呼ぶものと接する省のチベット人地区で、100人以上のチベット人たちが焼身自殺を図っている。ほとんどは、幾分かはダライ・ラマの帰郷を要求してそうしている。圧倒的な治安の存在とダライ・ラマの非暴力への関与は、その不穏さが簡単に抑えられことを意味する。だから、中国の指導者たちが未来への暗い結果について懸念しているということを示唆するものはほとんどないのだ。彼らのチベット支配は大きく威圧的な軍隊の不定期の展開によってのみ維持される、と言うものだ。

だから、中国の学者で北京のシンクタンク中央党校の民族宗教学の部長の靳薇(Jin Wei)が、『創造的な』新しいやり方を要求したことは、びっくりさせている。彼女が、香港の雑誌亞洲週刊との今月のインタヴューで、おおやけにそうすることは、彼女がハイレヴェルの指示を受けていることを意味する。2009年のある北京のシンクタンクからの報告は、その前年のチベットでの暴動が外国からの扇動によるものだという公式路線に挑戦した。しかし、ニューヨークのコロンビア大学のチベット学の教授ロバート・バーネットは、靳女史の関与を、20年たった後に「中国内部で政府のチベットへの強硬政策についての議論が再現している」兆候だと描く。靳女史は、チベットの元党書記を「宗教的事象の実践に対して偏って」いる、と非難すらした。これは、「現在の悲しみの累積を前触れした」と語った。

チベットの元党書記(1988-92)の一人は、習近平に後を譲った去年の11月まで党を国家として率いていた胡錦濤だった。習氏が慎重な胡氏よりも勇敢な改革者だと証明すると予測する人の中には、今のところ彼らを支援している人はほとんどいない。ここチベットには、強硬派の合意の中に少なくともひび割れの兆候がある。兪正声を、チベットと北西部のムスリムが多数派の地域の新疆についてのその党の主要な政策集団を率いるよう任命したことに別のことを見つけている人もいる。兪氏は、国家統一を促進するために設計された助言機関の長だ。その集団の以前の長は治安専門家だった。
 

これは新しい

靳女史の分析は、党の正統的考え方の用語で言い表されているけれども、多くの外国の観察者のそれと似ている。彼女は、ダライ・ラマを悪魔化することによって、そしてチベット文化のいかなる表現も潜在的に危険分子だとみなすことによって、党はその狙いに同情的なチベット人すらも、その反対派に変えている、と論ずる。その苦闘は、中央政府とダライ・ラマ分離派徒党との間の対立を漢族とチベット人との民族紛争に」進化している。彼女は、ダライ・ラマのチベットのより大きな自治への要求と「大チベット」、すなわちTARを越えたその歴史的境界内へのチベット人の切望と言ったような、「政治的」問題への新たな柔軟路線を提言しているわけではない。しかし、実際には、チベットでのほとんどの抵抗は、このように定義された「政治」についてではない。多くは、チベット文化、言語、そして伝統、または個々の抵抗者への中国の抑圧に対する怒りによって発火している。これは、チベットへの漢民族の大規模な流入への怒りによって悪くなる、悪循環だ。

靳女史は、いかに難局を破るかの考えを持っている。2010年のもっとも最近の9回の実を結ばなかったもの以来停滞しているダライ・ラマの代理との交渉は、再開されるべきだ、と彼女は語る。彼らは、チベットについての異論のある議論を今のところは片方において「簡単な」問題にまず集中すべきだ。中国は、ダライ・ラマが、香港やマカオと言ったその半自治の町の一つを訪れさせ、最後には彼がチベットに戻ることを許すことを考えるべきだ。それはまた、中国国境内部からの選ばれた化身について彼と合意することによって、彼の死がもたらす危機の不安を取り除こうとすべきだ。さもなければ、中国は二人の化身を取り扱わなければならない危険がある。一人はそれが裏書きしたもの、そしてもう一人はほとんどのチベット人によってより崇められそうな亡命中の人だ。

靳女史のありそうもない未来像への多くの障害物の中の一つは、中国の交渉相手の身分だ。中国はダライ・ラマの代理と交渉のみする。しかし、2年前、ダライ・ラマはその「政治的」役割をやめ、それを亡命者政府の選ばれた「首相」ロブサン・センゲに譲った。センゲ氏はまだ、亡命者をまとめて、彼らの信頼を勝ち得るのによい仕事をしていない。いずれにしても、中国は彼と話すことを考慮すらしない。ダライ・ラマは、少なくとも一つの点では、引退から出てくる必要があるかもしれない。

靳女史のコメントが引き起こした議論は、チベットのチベット人にいかなる直接の救いももたらさないだろう。中国の抑圧の社会資本は、街路監視の新たな「格子」システムの実行で、強化され、洗練されている。反対者は依然として毎週拘留されている。

さらに、靳女史の提案は、少なくともおおやけには、依然として孤独な声だ。チベットでの新たなやり方が中国の利益になると認識しているように見える他の人はほとんどいない。それは、チベットの緊張を緩和するだろうということだけではない。それは中国の他の少数民族との関係に役立ち、台湾との再統一をよりありそうにし、外部世界との中国の関係を改善するだろう。より伝統的な中国の見方は、北京のシンクタンクの学者によって最近言われたものだ。「古いダライ・ラマは間もなく死ぬ。問題は終わりだ。」しかし、ダライ・ラマはよい健康状態のようで、来月78歳になる。望みは、このダライ・ラマの亡命中の死がチベットでの中国の困難の終わりではないだろうことを理解している中国の顧問が靳女史だけではないということだ。むしろ、彼の死は、暴力の爆発と、今のところダライ・ラマの「中道」模索によってくいとめられているチベット独立運動の再燃の危険がある。
 

発行日: 
2013-06-22
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