おっぱい、ダメ -- タブロイドのヌード

タブロイドのヌードについての論争は、性と社会について何を言うか

ある英国紳士は慣例を好む。トーストの上のマーマイト、グラスに入ったぬるいビール、口の中の虫歯、そしてサン誌の数百万人の読者にとっては3面のダヴェントリーのケリーのおっぱいをちらっと見ることだ。そのようなことは、英国の最大部数のタブロイドによってなされた主張だ。いわく、そのトップレスの写真は1970年に当時の経営者ルパート・マードックによって導入され、それらは国民生活の無害な定着物になっている、と。だが、生意気にも尊ぶべきかもしれないが、3面は先が見えているかもしれない。その運命は、性、フェミニズム、そしてメディアへの進化する姿勢に光を当てる。1970年から英国で何が変わり、何が変わっていないかについてだ。

人々はいつでも3面が女性の品位を落とし対象化していると不平を言う。しかし、今の再考の勢いは新しい。1年前、役者で作家のルーシー=アン・ホームズは、ノーモア3面運動をオンラインで始め、嘆願はそれ以来11.4万の署名を集めた。彼女の成功は有益だ。女性国会議員と記者に対して最近行われた死の脅迫は、気が狂った女嫌いの人々が考えるツイッターやフェイスブックの利用を強調した。ホームズ女史の努力はインターネットがフェミニストにとってもいかに価値があるかを実証する。突然、女性たちや少女たちは、もはや事務所や教室で気にしているたった一人の人間だと感じないようになったのだ。

3面への以前の反対派は、清教徒的な興ざめな人々だとして退けられた。タブロイドの利益を脅かす人々にそれらが準備した特別な悪意で、サン誌は禁止を提唱した元労働大臣のクレア・ショートに「太った」「醜い」「やきもち焼き」とレッテルを貼った。賢明なことに、今の運動は、立法化も、サン誌を棚の上の方に追放したり(テレビの分岐点にあたる)買い手の最低年齢すらも要求していない。それは礼儀正しく3面を中止するよう求めている。サン誌のアイルランド版は最近ちょうどそれをした。噂では、改訂は英国版でも来るかもしれない。

しかし、一方で3面のファンは、新たな行動主義が素早いのと同じくらい熟知して、彼らの議論を整理している。一つは、批判者の真の懸念は性ではなく階級だということだ。すなわち、基礎となる心配は、掲載された女性ではなく、彼女たちに色目を使う(かなりが)労働者階級の男性だということだ。陪審にその召使が「チャタレイ夫人の恋人」を呼んでほしいと思うかと訊ねたそのわいせつ審判の俗物的な検事は、時にちらりと見る。この弁護はそれ自身スノッブ根性の一形態だ。まるでサン誌の読者が毎日乳首を見ることなしに満たされないか、救済しがたい差別主義者であるかのように。

それから、市場の主権への訴えに怠けている。それは、(138の他の国会議員はホームズ女史を支持したが)デヴィッド・キャメロンと上級政治家によってひかれた線だ。それは、たとえ誰も提案しなくても、禁止の考えの拒絶にときに向かう消費者の問題だ、と彼らは語る。ほとんどの新聞のように、サン誌の流通は減っている。それは、何十人もの記者が逮捕された電話盗聴と公務員賄賂についてのスキャンダルによって汚されている。しかしながら、明らかに大物、またはマードック氏は依然としてそれを遠ざけたくはないと思っている。首相の無関心なやり方は、オンラインでの好色なイメージの広がりへの警告と不快にしっくりくる。

それは確かに変わったことだ。最近、インターネットやテレビだけでなく、広告掲示板やバスの側面にも、下品さはそこらじゅうにある。別のオンラインの運動は、半ポルノ的な「男性誌」の表紙を殺菌することを狙っている。この文脈で、3面は13歳以上のだれにとってもほとんど性的な刺激ではない。1960-70年代のいかがわしい「キャリー・オン」や、ベニー・ヒルの幼稚な喜劇的小品のように、それはエロティックというよりも漫画的だ。英国人は、ほとんどごまかしの猥談である、永続的なはにかみの風味を持っているようだ。

それは、それが無害だとは言ってはいない。より不快な素材のように、3面を暴力と結びつけることはかなり不確かだ。しかしそのブランドと(流通の減少にもかかわらず)それがどこにでもあることを考えると、サン誌が女性観を形作るのに果たす役割を否定するのはばかげている。特に、少年の少女への姿勢と、少女たちの自分の体への姿勢についてはそうだ。3面は不公平な比較者と、狭く逆行的な典型を供給する。

その新聞自身は、おっぱいが子供たちのためのものではないということを理解しているようで、家族にやさしい週末版からはそれらを外している。しかし、子供たちはサン誌を週の間にバス停や台所で拾う。ある意味で、その新しいとても性的関心を呼ぶ環境が3面への立場を強めている。ポルノ化された世界の、現れている間に合わせのルールの中で、大人は選ぶものを見ることができるが、子供たちは可能な限り守られるべきだ。
 

ページをめくれ

3面が廃棄されるべきかどうか(そうされるべきだが、自発的にだ)の問題以外に、この卑猥がどこにでもある時代に、なぜ読者はそれにくっついたままでいるかもしれないかの問題がある。おっぱいは伝統になっている、という、ここにあるサン誌の編集者の予備の言い訳が役に立つかもしれない。3面は、アメリカのスーパーボウルと同じくらい長く続いている。それはとても長くはないが、男性何世代かにとって重要になる程度には長い。それは、特に男女間のページ外での関係で、英国の生活の多くが変わった数十年にわたっている。

厳しい。伝統は無くなりうるし、多くは無くなる時に嘆かれない。車庫やほかの職場にヌード女性のカレンダーを貼るという昔ながらの伝統は今では消滅した。3面自身すらも不変ではない。それは整形の胸を捨て、18歳以下の少女を断つと誓った。モデル自身を犠牲にした皮肉なジョークは、すべての肉欲と同じ道をたどっている。刺激するにはあまりに潔癖だが、現代の新聞にとってはあまりにみだらな肉欲それ自身は、より荒っぽく単純な過去への先祖がえりだ。

元気づけるように、2月にマードック氏はツイートでトップレスの写真が「グラマーなファッションモデル」にとってかわられるかもしれない、とほのめかした。折に触れて、彼は、慣例が半減期を持っていると冷酷に気付いているようだ。電話盗聴の熱狂は、サン誌のより古い日曜版であるニュース・オブ・ザ・ワールドが殺された女学生の伝言をすっぱ抜いたことで非難された2011年に始まった。マードック氏はその新聞を躊躇なく閉じた。

Bagehot欄より

発行日: 
2013-08-17
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