TPP論議 その3

国際政治が複雑怪奇であることは、今も昔も変わりませんが、それにしてもものすごいカードを切ってきたものだと驚くばかりです。官房長官の武器輸出3原則緩和の談話です。これがいったいどういう意図を持って発表されたのか、素人にはほとんど理解の及ばないところなのですが、さぞかしすごい交渉カードになっているのでしょう。傍目に見れば、これは、守るという意思か能力またはその両方を持たない『自由貿易』に真っ向から反対する原則について、政府が無原則にその例外事項を半ば恩寵的に企業に認めると言うことを、大げさにも官房長官談話を通じて世界に対してアピールすることが『国益』であると考えている、との表明だと受け取りました。私に言わせれば、よくもまあこんなに外れくじばかりを丁寧に寄せ集めて、見事な形に仕上げたものだ、と思うのですが、このいずれの方向からまんべんなく非難を受けそうな談話を抱えて、『国益』をかけて『自由貿易』の交渉に臨むことは、さぞかし強いカードになるのだろうと推察いたします。おっしゃるとおり、政治は結果責任ですので、どれほどの成果が出るのかしっかりと見守りたいと思います。まあ、私としては、これはTPP交渉には参加しないのだ、という強い意思表示にしか見ることができず、大変心強いのですが、国際政治の現実がそれほど甘いものなのか、本当に素人にはよくわからないことばかりです。

さてさて、一応先週の続きを書いておきましょう。

まずは輸入手続きの簡素化について。まあ基本的にやればいいと思うのですが、一つ気になるのは、原産地規則の統一で、アメリカのドッド・フランクを基準にされるのはちょっと勘弁してほしいというのはあります。理想はすばらしいとは思いますが、こんな官僚主義の塊のようなものを、自由貿易協定で基準にするというのは、物笑いの種以外の何者でもありません。やりたければ国内で好きにやればいいですし、その国においてその法を守ることは尊重しますが、こちらの国にはこちらの国のやり方があり、ここではこちらのやり方に従っていただくというのが基本的な考え方であるべきです。

労働許可についても基本的に好きにすればよいと思いますが、国の成り立ちとして移民国家とそうでない国とはそういったことについての感覚がそもそも全く違うと言うことは注記しておきたいと思います。移民国家の基準を世界標準にするのはとてもではないが受け入れられません。

輸出制限の禁止についても、基本的にはやるべきですが、これはブロック単位でやるべき話ではありません。ブロック単位でやれば、輸出制限を緩和するのではなく、ブロック外への輸出制限を正当化するために使われることになるからです。それはブロック間での報復合戦につながり、決していい結果にはならないでしょう。

食の安全については、データベースの管理まではやればいいと思いますが、規制の統一はすべきではないでしょう。ここで一番顕著に表れるのですが、何もかもすべてを一つのテーブルの上に載せて議論することの不毛さです。手続きなど、緩和すべき国ですらも明らかに利益があると認識していることまでも、一つの交渉のテーブルに載せることによって交渉材料になってしまい、結果として何も進まなくなってしまうと言うことです。データベースの作成等はおそらくどの国も反対することは少ないのでしょうが、それが分野横断的事項の枠組みの中で論じられるために行き先が共通基準だと言うことになり、ならばデータベースの作成にも参加できない、という話になってしまうだろうからです。合意できる部分までを合意すべきであって、すべてに対して目標を設定してそれを達成しなければ発効しない、などというやり方はWTOが行き詰まっているのと結局一緒の話であり、地域レヴェルで同じことを繰り返すという愚を何のために犯すのか理解不能です。

最後に標準化の話ですが、これについては本当にナンセンスだと思います。自由貿易の交渉で標準を決めるという意味が私には理解できません。標準という名の非関税障壁をなくそうというのが自由貿易交渉の話であって、そこにわざわざ非関税障壁を作ると言うことを、同じテーブルで話ができるという、その頭の構造が私には想像不能です。先ほどすべてを一つのテーブルに載せる愚を述べましたが、いろいろ載せるにしても、少なくとも自由化交渉と標準化交渉だけは別にすべきでしょう。これほど明白に利益が相反するものを同じテーブルに載せることでどれだけ交渉が遅れることか。自由化と標準化については、またいろいろ議論が展開しそうな気がしますので、今日はこれくらいにしておきます。ただ、これほど大きなテーマがきちんとまとまる自信は無いのですが。とりあえずもう一週間がんばって考えてみます。
 

主カテゴリー: 
主地域: 
キーワード: 
評価: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加